2016年11月25日

ベルト交換

このところの寒さの影響からか、オープンリールテープ・デッキのティアックX−10M(2トラ38)が再生できなくなってしまった。早送り・早巻き戻しはできるのだが、ピンチ・ローラーに挟まれたテープはびくとも動かない。
長年の無駄の多い経験を生かせば、ベルトの断裂が起きたのではとの判断から、早速デッキを降ろして裏ぶたを解放してみた。
裏ぶたや基盤、モーターなどを外さないとベルトまで届かない面倒な構造になっているため、21本のネジを丹念に確実に外していくことになる。
たどり着いた先には、思っていた通り切れたベルトが寂しくぶら下がっていた。
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真ん中左右のフライ・ホイール状にベルトをかけてヘッドの左右でテープの安定走行を行うものだ。
思えばうん十年も健気に稼働していてくれたベルトなのだが、白馬の寒さが堪えたのだろう。
ベルトを交換しようにもティアックには当の昔から純正品は無い。
そこで、岐阜にこの種のベルトを作製してくれる人がいるのでお願いしたら、有難いことになんと一日で作製してくれることになった。しかもとても安価なのだ。
ベルトが到着するまでは清掃、オイル添付などして待つことにしよう。
これからも暫く頑張ってもらわなければいけないので、綺麗にしておくことにこしたことはない。

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2016年10月29日

魔の手がのびてきた

ついにSPケーブルまで悪魔の囁きに屈して手を出すことになってしまった。
最初はスーパーツィーターのエラックが標的になった。
いままではWEの20AWG単線で高域部分がささくれ立ったり、ヒステリックになったりしないように線材の特徴を生かしていたつもりだった。マッキントッシュXRT22sとの繋がり具合も同じWEのためか良く、不満は余り感じないでいたのは事実だ。
なぜ行動に移したのかと言えば、ひとえにマッキントッシュのSPコード交換を見越してのことなのだが、エラックの潜在能力をもっと引き出せるのではないかとの思いが以前から内心に潜んでいたのだった。
用意したケーブルはUSSRの2種類。
+側には、0.2mmの絹巻単線をダブルで使用した。
−側には、0.8mmの絹巻単線を一本使用。
ここから溢れでる音はとても素直な印象。広がりも丁度良く申し分ない。
あまり気が付かなかったのだがWEにも癖があったのだと思い知らされることになった。
続いて本城のマッキントッシュに突入する。
現在は、+側にはWEの16AWG撚り線、−側には同じWEの14AWG撚り線に落ち着いていて、そこそこの音出しができていたつもりだった。
最初に、本命のケーブルでは無い現代的ケーブル特性である透明感、立体感など素直な音場感表出の得意なケーブルを繋いで、スーパーツィーターとの相性も含めて音出しをしたみた。
結果としては、やっぱり私好みの音質にはならなくて、二日間で交代してもらう羽目になった。
本命のケーブルは、1940年ごろ製造されたベルデン。
このケーブルの出自は解らないのだが、普通のケーブルではない。
被覆は直径で6mmとかなり太く、材質はゴム系のようだが二種類使用していて表面にはワックスが塗られているようだ。
線材部分は1.2mmなのだが、36AWGの線が48本使われた撚り線になっている。
ベルデンのケーブルは何種類かあるが、このケーブルは異端児のごとくめったにお目にかかれないと思う。
希少性はとにもかくにも問題は音なのだが。
Yラグにケーブルを留めるまでは難作業となった。
被覆は簡単には剥がせないのだ。ケーブルストリッパーは役立たなくて鋭利なカッターで根気よく剥いで行くことになる。線材の周りには絹糸と綿糸だろうか二種類の細糸が絡ましてあり、被覆は線材に添って抜けないようになっている。
このような凝ったケーブルは、知っている限りこれだけだ。
何とか根気と忍耐力を総動員してケーブル四本に二つずつ計八か所の皮むきとYラグ留めを完了した。
こんなことをしているとSPにケーブルを取り付ける作業など、どおってことは無いように思えるから不思議だ。
早速電源を投入してヒアリング体制にはいる。
取りだしたのは、デンマークの歌姫「セシリア・ノービー」だ。
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心に沁み入る限りなく透明なブルーを奏でる彼女のデビューアルバム。
現代的な透明感のケーブルでは、この北欧の冷たさの中にほんのりとした暖炉のような暖かさが滲むブルー感は表現できないのだ。カルダス・ゴールデンクロスをもってしても叶わなかったためWEにまでいってしまったのだ。
さて、ベルデンはどうかと言えば思っていた以上エラックとの繋がりもよくドンピシャリだ。
一曲目の「ワイルド・イズ・ザ・ウインド」から北欧の風がすうーっと吹いてきたのにはなびっくりした。
次に取りだしたのは、これまでXRTでは滅多に聴くことの無かった芸能山城組「輪廻交響楽」だ。
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このアルバムの音ときたら凄いの一言でXRTでは持て余すことしきりなので出きれば避けたいのだ。
しかしながら、ベルデンのケーブルの能力は想像をはるかに凌駕してしまい素晴らしい音が響き渡ったではないか。正にサウンド・アートとしてのアルバムの本領を表現できたとおもう。
昔、この芸能山城組の組長が新しく出来上がったこのアルバムを持って、著名なオーディオ評論家兼大学教授の家に行き、音場再生を得意としたオーディオ装置で再生したところ、余りにもひどい音だったので落胆してしまったと、組長の著書に記述があった。
このアルバムの再生は半端なオーディオ装置では実力は発揮できないのだ。
今回のケーブル交換は最終章に到達したかもしれない。
これからの毎日が楽しみだが、デットな部屋はどうするのだ。

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2016年10月18日

魔の手

一度始めると手がつけられないのは今に始まったことではないのでとうに諦めている。
デットな部屋のケーブル交代が巧く行ったのに味をしめて2匹目を狙いにいったのだった。
気にしていたのはプリからイコライザー間のケーブルで、これもあれこれ差し替えしてきたが、しっくりくるものが無いのは困ったものだ。あちらをたてればこちらがたたずじまいの繰り返しが延々と続いてきて、もてあまし気味になっていたのが実態だった。
これはケーブルを交代するたびにイコライザーの調整を行うという、複雑怪奇な状況によるものが主な原因なのだ。このソナタというマッキントッシュXRT22sスピーカー用のイコライザーの調整は結構難しく頭を悩ますことしきりで、忍耐力の養成には機能を遺憾なく発揮するが求めるものではない。
さて、デットな部屋でのシーメンスの底力を見せつけられたので、ここもシーメンスだと思うのは早計のいたりだ。シーメンスが良い結果を出すだろうとは予測できるが、そうはいかないのがこの世の常だ。
今回はプリとイコライザーの間をバランスケーブルで接続してシーメンスを超えることを狙ったのだった。
現在はオルトフォンの撚り線に銀メッキされたスピーカーケーブルを加工作製してRCA接続している。
これを、1940年代前半に作製されたWEの極細のリッツ線ケーブルを使用してXLRケーブルを作製し、接続した。これもケーブルの個性尊重のためハンダは使用しなかった。作業時間は雄に1時間以上かかってしまったのは、一本のケーブル内に36本の極細線がエナメルコーティングされていてこれを落とすのに忍耐強い作業が続いたためなのだ。
さてさて、結果なのだが、ぐっと大人の音質になって、気になっていた低域の余分な膨らみ感や気になる低音は減少した。音の重心が少し上ってボーカルの口の大きさが小さくなった。
しかしながら音楽があまり面白くなくて大満足とはならないのが辛いところ。
結局、イコライザーの調整をする羽目になるのは何時ものとおり。
可も無く不可も無く普通に良い音なのは理解できるのだが、すこしばかり淡白なのか華やかさが足りないのではと内心疑心暗鬼。
これで満足できれば幸せなのだが、スピーカーケーブルに魔の手を伸ばす必要がありそうなのでこれから怖い。
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2016年09月21日

そぼ降る雨に

台風一過だというのにスカッと晴れないどころか午後から雨が落ちてきた。
台風と秋雨前線の影響からこのところ雨降りが続いて手持ちぶたさになっていたのだが、悪魔の囁きが天上から聞こえてきた。
左脳は、「よせ!早まるな。」と必死に止めに入るが、右脳は、「聞こえぬふり。」をして無視する。
杜の会まで10日余りとなったにも関わらず、右脳が命令しするものだから動き出してしまう。
ます、マッキントッシュの真空管アンプの電源ケーブルを外す。
WEの三つ網で自作したものから老舗藤倉の制御用ケーブルで作製したものに交換した。
古から藤倉は強烈な低域再生が評判だった。
プリアンプのオクターブの電源ケーブルは、自作WEのままにしてヒアリングにはいったが、これはこれでありかなと言ったところだが、気にいるほどではない。
プリのケーブルも藤倉に代えたところ、しっかりとした統一感がでてきて好ましい。しかしながら、すこばかり尖った音はジャズには似合っているが、これで満足とはいかないのが辛いところ。
マッキントッシュのスピーカーらしくない元気差と幾分高域がざらつくような気がする。
次に8Nという高純度なケーブルをパワーアンプにつなぐと、プリの藤倉とは全く相性が良くなくバラバラな音になってしまった。
仕方がないので、プリ側も8Nにしたところ、現時点でほぼ完ぺきになった。
こうなっては止められないので、CDプレーヤーのRCAケーブルを一回り太くして、プリからイコライザーまでのRCAケーブルをWEから銅線に銀メッキした撚り線で即作製して交換してしまった。
こうしてすっかりクラシック音楽に似合う音ができあがったようだ。
今回の肝は、WE関係のケーブルはノン・シールド線だったのだが、交換した電源とRCAケーブルはシールド線であったことだ。
電源のノイズがシールドによって減少するとともに音の空気感は増すようだ。
以前からこれを実施しようとしていたが、なんとなくやる気が起きなかったのだ。
まだ他のケーブル(フルテック、アーディオ・クエスト、P.Sオーディオ、ナノテックなど)を試してみたいが、とりあえずは時間が無いのでこのまま杜の会に突入になるだろう。
明日も雨模様のようなのでデットな部屋が危険だ。
posted by みのさん at 20:45| Comment(0) | TrackBack(0) | ライブな部屋

2016年05月17日

リ・ビルド2

秘密の部屋ではないのだが、主にハイビジョン・テレビでの映画観賞や衛星放送を受信したり、冬季は子供の遊び部屋と化している小部屋が地下の乾燥室手前にある。
ここのオーディオ・システムは余りに不憫なことにやっとのことで気づき、少しはまともな装置にと改善に着手した。
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スピーカーは日本で一番人気が無く、当たり前だが売れなかったので直ぐに生産が終了してしまった希少なワーフデール・ドベデール3。なぜ人気がなかったのかは30cmのウーハーにこの理由がある。巧く鳴らさないと低音域がだぶついてしまい音楽にならなくなるのだ。質の良いアンプと設置方法の工夫、スピーカー・ケーブルの選定が肝心となる。
そのアンプだが、ダイニング・ルームでアルテックを鳴らしていたオーラ・ノートにお願いした。このオーラ・ノートはコンパクトで小出力ながらとても質の良いアンプを搭載している。
スピーカーの置き台には以前JBL4344に使用していた響きのよいものにした。
ケーブルは、WEの+側に22AWG単線を、−側には20AWG単線を金メッキの端子に装着した。
アナログ・プレーヤーは、デュアル1219。
カートリッジは、シュアーM75Eの楕円針付き。
フォノイコは、単体でマランツ7。
オーラ・ノートにはCDプレーヤーがあり、USBの接続ができるので、音の入り口は万端だ。
最初に聞いたのは、yuki saito アルバム AXIA から、「卒業」。
なんとも可愛い声が懐かしいが、東京の団地での狭い部屋で聞いていた頃が思い出されてきて懐かしい。
その頃の座っていたソファーも一緒だ。
この調子だと夜更かしが治らないので困る。
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2016年05月15日

リ・ビルド

ダイニング・ルームの壁にしっかりと収まっている特注ボックス製のスピーカーなのだが、ここ10年以上に亘って蔑ろにされてきた。
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このボックスにはいっているのは、アルテックの399という20cmの今では珍しいスピーカーだ。これをm当たり100円の屋内配線用ケーブルをスピーカー・ケーブルとして使用し、アナログ時代のスピーカーに対しあろうことかオーラ・ノートのCDとUSB音源というテイタラクであった。
この状態を何とか改善すべく長いこと考えてきたのだがついに実行することにした。何てことは無いやる気をだしただけなのだが。
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まずはスピーカーケーブルをWEの16AWG、4mと奮発して今までの詫びをいれた。ただし、壁の中の配線は不可能だったので目立たないように前面からそおっとだした。
次にアンプなのだが、アナログ時代の名器と勝手に思っている1972年製マランツ1200のプリ・メインアンプ。最近2度ほどのメンテナンスをしてもらったので快調のはずだ。
アナログ・プレーヤーは1970年ごろ製造のデュアル1019フルオート。
カートリッジはシュアーM75G。このカートリッジはシュアー・タイプUの廉価版なのだが小さめなシステムとの相性は此方の方が良いと思う。
さらには、マランツ1200のフォノ・イコは優秀の誉れ高いマランツ7譲りなので良い音は間違いなし。
SACDプレーヤーは何でもよかったのだが、マランツついでに8004をオークションで落とした。
これで何とか積年のアルテック399に義理を果たせたことだろう。
古いジャズやボーカルが小気味よく歌ってくれている。なんといっても年老いた身にオートのアナログ・プレーヤーは便利この上ない。演奏が終わっても元の鞘に完璧に収まってくれるし、うっかりの居眠りも大丈夫になってすっかり安心だ。
忘れていたがもう一つ、このラックなのだが1970年に購入した当時最高級だったものでこのラックの響きが音楽に懐かしさを添えてくる。


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2014年08月25日

マランツの交代

夏のハイシーズンもようやく終わりほっと一息つけるようになりましたが、変な虫が騒ぎだして急きょライブな部屋のプリ・アンプを交代してしまいました。
デットな部屋ではトーレンス124及び2トラックオープンデッキ用としていたマランツ7Tをライブな部屋に運び込んだのです。
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ウェルテイパート・アマデウスにグラド・プラチナム1カートリッジ、リンデマンSACDプレーヤー、2トラックオープンデッキ用として新体制を組みました。
マランツ7Tは1965年に製造開始されたアンプですがマランツ7の回路構成等とは同一となっていて真空管のソケットにフェアチャイルド製ゲルマニウム型トランジスタが差し込んであります。真空管よりも残響ノイズの点で有利になっています。
また、このイコライザーがとても良く高出力型カートリッジの性能をうまく引き出す優れものです。
しかしながら、設置を含めて気難しいかったりするので気合を入れなければいけません。
まず、フォノ・ケーブルをウェスタン・ケーブルからシールドされているベルデンの3芯ケーブルにしました。これは、ウェスタンですとアース・ノイズを拾ってしまい音楽の邪魔になってしまうからです。シールド線は使用したくないのですが止むをえません。
次には、足をローゼンクランツとゴム、耐震シートを重ねて3点支持にしました。宙に浮かすような設置方法です。
なお、アンプの天板に錘をおいてはいけません。音が締まってしまいふくよかさがスポイルされてしまいます。
さらに、電源は115−120Vでなければいけません。

こんな調子でセットしてマッキントッシュMC2102パワーアンプをとおしてマッキントッシュ22スピーカーで最初に聴いたのは、ロックのてんどう入りしたリンダ・ロンシュタットのアルバム「フォー・センチメンタル・リーズンズ」B面最終曲のラウンド・ミッドナイト。曲の始まりの前に指揮者のネルソン・リドルと思いますが1、2、3、4と楽団たちに声をかけますが鮮明に聞こえてきます。ネンソン・リドルはこのアルバムの完成を待たず他界してしまいますので何とも神妙になってしまいます。
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巷ではマランツとマッキンの相性はあまり良くないのではないかとありますが、以前、マッキンのMC275とでJBL4344を聴いていましたがとても相性が良かったので思った通りでした。
以外なのですがCD、SACDも音楽性豊かに奏でてくれるのには驚きを隠せません。
ところで、マランツの3600プリは如何したかというとデットな部屋にいってトーレンス124を元気に鳴らしています。
今度こそゆったり音楽鑑賞できるといいなぁ。




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2014年07月14日

アマデウスのフォノ・ケーブル

どんより曇り空のすっきりしない天気の今日。
気になっていたライブな部屋に設置してあるウェルテンバード・アマデウスG.T.A、アナログ・プレーヤーのフォノ・ケーブル。
つい最近、既製品のオーディオクラフトからベルデンの3芯ケーブルに交代したばかりなのだが、どうもシックリこなかった。シックリしない原因はこのところの湿気なのかと思ったりしていたが、自分を騙すのは止めることにした。
そこで取り出したのは1950年代初期に製作された22AWG(0.643mm)のウェスタン・ケーブル。銅線に錫メッキされ被服は絹で織ってある手のかかったもの。
ロジウム・メッキされたRCA端子に無半田で留める。線が中太なので苦労はない。
問題は、アース線だ。今回は大奮発して同じ太さのウェスタン・ケーブル、しかも、銅線に錫メッキまでは同じだが錫メッキの上に紫エナメルがされているより手のかかっているものだ。さらに、これをバナナ端子に銀半田して完璧を狙ってみた。
出てきた音は狙った通りでもやもやしていた気分がシックリ・スッキリした。
聴いたアナログ・レコードはこれ。
エテルナの豪華な演奏布陣の演奏。
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フィリップスのモーツァルト。
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チャイコフスキーは日本盤で。
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今日の「惑星」。やっぱり木星と土星になってしまった。
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ところで、白馬村長選の結果だが、なんとたった3票差で新人が勝った。前代未聞で誤差の範囲といえる票差で何かスッキリしないなあ。


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2014年02月11日

ヒューズ

先週の土曜から日曜にかけて各地で雪降りになり高速道路の通行止めなど混乱が続いています。
白馬では40〜50p程の降雪があり除雪車が出動しましたが何んとか普通に生活できましたし、昨日と今日はほぼ晴天と絶好の微風のスキー日和になっています。
ところで、MC2102の真空管の全交換の効果は徐々にですが現れてきています。あと2か月もすれば美味しいサウンドになる予定でその後5年間位は楽しめると目論んでいます。
そして最後の切り札として注文しておいたヒューズ管が到着しましたので早速入替します。
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真空管と同類の管ですが現行のガラス管からセラミック管への変更になります。
20o、250V、8A の規格はおなじですが、キャップ部分は銅合金にダイレクト・ロジウム・メッキ処理をしてあり、セラミック管による制振効果があります。また、導体は低誘導性銅合金になっていて全てに非磁性体を使用しています。さらにクライオ処理されていて電導効率が向上しています。
このヒューズもエイジングに暫らくの時間が必要になります。
注意することは、このヒューズは特にそうなのですが方向性がありますので前回の経験からヒューズの印字方向とは逆に挿入します。
試聴は芸能山城組の「輪廻交響楽」です。
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今回は敢えてCDを選びました。このアルバムはアナログの後にCD化したものですが、CD作成当時に山城組組長が期待に胸膨らませて再生したところ、あまりにも貧弱な音にガッカリしてしまったとの話が残っています。本来は頭の上を音が廻ったりして「恐山」を凌ぐサウンドになります。
今回のセラミック管ヒューズは期待以上でした。新調した真空管との相乗効果からか過去最高のサウンドがXRTから放たれました。
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これから何処まで良くなるのか、MC2102がどこまで期待に応えてくれるのか楽しみです。
ところで、エレクトリに修理とメンテナンスを依頼しましたが、ヒューズ1個の部品代が1,000円になっていました。
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ヤフーショッピングでは2個入りで113円でしたし、クライオ処理されたものでも1個1,000円程度です。技術料が高いうえに20倍近い部品代とは恐れ入谷の鬼子母神です。

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2014年02月04日

真空管

秋杜の会当日に2年連続して故障してしまったメイン・アンプのマッキントッシュMC2102ですが、エレクトリに修理を依頼し2か月以上かかって1月中旬に戻ってきました。いろいろと点検した結果、故障はパワースイッチでその交換が必要となり本国のアメリカからの部品取り寄せになったため時間がかかってしまったとのことでした。
マッキントッシュが入院していた最中はスレッショルドに代役してもらっていましたがMC2102をはるかに凌駕する良い音を奏でてくれました。まるで忘れられては困ると自己主張しているようでした。
復帰したMC2102をセットして聴くと相変わらず真空管らしい、マッキントッシュらしい音なのですがスレツショルドのトランジスタ・アンプの冴えた音に聴き馴染んだ体には少し淋しいのが本音です。
そこでこの機会にやり残していたことを実行することにしました。
真空管の交換がまだ残っていたのです。
MC2102で使用されている真空管は、チャンネル毎に3極管12AX7をバランス入力に1本、電圧増幅・位相反転に1本の計2本。同じ3極管12AT7をプッシュブルのブートストラップ電圧増幅に1本、4本の出力管KT88/6550のプッシュブルカソードフォロワーとして1本の計2本。KT88の出力管はパラレル・プッシュブルになっています。両チャンネルに12AX7を4本、12AT7を4本、KT88/6550を8本の豪華な布陣となります。
このMC2102の純正管は全てマッキントッシュのマークがはいったロシア製です。
この純正管の全交換は、予てから電源ケーブルと同様に純正管に問題があると思っていましたので楽しみにとっておきました。
修理から戻ってきたこの機をとらえて決行します。
12AX7にはMullardの4本マッチドを、
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12AT7にはJJのゴールド・ピン・タイプの4本マッチドを、
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KT88にはゴールド・ライオン復刻版の8本マッチドを、
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それぞれ実装しました。
この真空管の選定・交換でスレッショルドを凌駕する音を目指しています。
また、MC2102の潜在能力の高さを実感したいともおもっています。
エージングに相当な時間が必要ですが、これから当分の間は刻々と変化していく音に興味津々です。


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2013年12月18日

アナログ・レコード鑑賞会69(エラ・フィッツジェラルド)

今年最後になります鑑賞会はジャズ・シンガーの誉れ高い THE FIRST LADY of Jazz ことエラ・フィッツジェラルドを聴きました。多くのグラミー賞の受賞歴と3大学において名誉博士号を授与されていることからみても女性トップボーカリストの一人であることは間違いありません。
エラ・フィッツジェラルドの歌声は可愛いスイング感としっとりとしたバラード感が絶妙です。
数多くのレコードが存在しますが今回は代表的なものと思うものを集めてみました。
イメディアのプレーヤーに自作ベルデンのシールド・フォノケーブルをセットしてスレッショルドのパワー・アンプで良くスィングする歌声を聴くことにしました。

最初は、デッカ・レコード時代のオムニバス盤から1947〜1955年の録音『@THAT`S MY DESIREAAN EMPTY BALLROOMBMY ONE AND ONLY LOVE』を聴きました。30才を越えたころでさえエラ・フィッツジェラルドの歌唱は既に完成されているようです。
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続いては、デッカ・レコードから新興バーブ・レコードに移籍した1956年にジャズ・キングのルイ・アームストロングと共演したアルバム ELLA AND LOUIS から『@MOONLIGHT IN VERMONTAAPRIL IN PARISBTENDERLYCA FOGGY DAYDSTARS FELL ON ALABAMA』を聴きました。バックの演奏はオスカー・ピーターソン・カルテット(オスカー・ピーターソンのピアノ、ハーブ・エリスのギター、レイ・ブラウンのベース、バディ・リッチのドラムス)ですのでとても楽しいアルバムになっています。
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次は、1956〜1964年にかけて著名な作詞・作曲者を取り上げ8枚のアルバムを作成し成功を収めたなかから1956年の THE RODGERS AND HART SONG BOOK Vol.2 から『@BLUE MOONAMY FUNNY VALENTINE』を聴きました。このレコードは名曲もさることながら高音質ですのでお勧めです。
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続いて、同シリーズの1958〜59年に録音された GEORGE AND IRA GERSHWIN SONG BOOK から『@BUT NOT FOR MEA`S WONDERFULBTHE MAN I LOVE』を聴きました。このアルバム録音は53曲にも及び5枚のアルバムに収められています。フランスの具象画家ベルナール・ブュッフェの絵とネンソン・リドルのアレンジと演奏が秀逸です。
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次は、コロンビア映画「LET NO MAN WRITE MY EPITAPH」に収められたエラ・フィッツジェラルドの弾き語り演奏から『@BLACK COFFEEAANGEL EYESBSEPTEMBER SONG』を聴きました。このBLACK COFFEE はペギー・リーを抑えて私の一押しになります。また、全編ともに素晴らしい演奏でお勧めします。
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続いては、ステレオの高音質盤 Clap Hands, Here Comes Charlie から『@Night In TunisiaACry Me A RiverBClap Hands』を聴きました。可愛いエラ・フィッツジェラルドの真骨頂といえるアルバムになっています。
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次は、デューク・エリントン楽団との共演アルバム ella at duke`s place から『@AZUREACOTTON TAIL』を聴きました。まるでエリントン楽団の専属歌手のように打ち解けて唄っています。唄も演奏も一級品です。何故かエラ・フィッツジェラルドの髪がストレートになっていますが。
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最後は、エラ・フィッツジェラルドの最高傑作といわれている MACK THE KNIFE Ella in Berlin から『@MISTYASUMMERTIMEBMACK THE KNIFECGONE WITH THE EIND』を聴きました。このライブアルバムは観衆も尋常ではありません。エラ・フィッツジェラルドがノリ乗りに歌唱していますのでこちらも乗ってしまいました。最後は「風とともに去りぬ」で終演にしました。
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鑑賞会は繁忙季のため当分お休みになります。


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2013年11月24日

CD鑑賞会26(坂本九)

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ニキビの中に顔がある爽やかな笑顔が印象的な坂本九でしたが、44歳の若さで1985年の日航機事故で亡くなってからいつの間にか28年の歳月が過ぎてしまいました。
「九ちゃん」の愛称で親しまれていた歌は、悲しい歌でありながら明るく、例え世の中などが暗く沈んでいる時にでも明るい元気を振り撒いていました。お陰で勇気をもらった人々が多かったのだと思います。
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今回は、九ちゃんのデビュー曲から1985年の最後のシングルになってしまった曲まで主だったものをできる限り多く聴くことにしました。
リンデマンのCDプレーヤーで明るい九ちゃんに元気を一杯もらいたいと思います。

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○シングル・コレクション1から
・題名のない唄だけど 
 1959年ドリフターズからパラダイスキングに移籍したダニー飯田の作詞・作曲によるビクター・レコードからのデビュー曲です。
・悲しき60才
 1960年テレビによってお茶の間のアイドルになりました。
・ビキニスタイルのお嬢さん
 同年、ロカビリー歌手として第3回日劇ウエスタン・カーニバルに初出場しました。
・ステキなタイミング
 ジミー・ジョーンズの全米ヒット曲をカヴァーしました。トランジスタラジオや安価なゲルマニウムラジオから毎日のようにながれてきました。
・GIブルース
 1961年のエルビス・プレスリーに憧れていた九ちゃんのカヴァー曲。ジャズ喫茶でもプレスリーを唄っていました。
・九ちゃんのズンタタッタ
 青島幸男の作詞・作曲でストーリーのある楽しい歌です。
・おんぼろ汽車ポッポ
 パラキンの佐野修、増田多夢とのコミカルな曲。
・カレンダーガール
 この曲もカヴァーですがまるで九ちゃんの曲のようです。
・九ちゃん音頭
 「それが浮き世と云うものさ」の歌詞は流行語になりました。
・何処かでだれかが
 初めての坂本九のソロになるスロー・バラードの曲。甘く切ない歌声が女性の大人気となりました。
・上を向いて歩こう
 NHK TV「夢であいましょう」10〜11月の歌。1963年に「スキヤキ」の曲名で全米第1位ヒットになりました。
・あの娘の名前はなんてかな
 大人気になつた「上を向いて歩こう」を臨時発売するに当たってB面にいれるため急遽作ることになり永六輔が身近な女性の名前を織り込んだものです。六輔夫人、渡辺プロ社長夫人やコンビの森山加代子などの名前が出てきます。
・戦場に陽は落ちて
 1962年のツイストが流行り、ロックン・ロール全盛期の中、静かな反戦歌がティーン・エイジの心を動かしました。
・もう一人のボク
 誰にでもある人間の二面性を唄ったものです。
・初めてのラブレター
 中学生や高校生の淡い想いを唄ったもの。後の「夜のヒット・スタジオ」の司会者前田武彦が作詞しました。
・ボクの星
 松竹映画「九ちゃん音頭」の主題歌としてつくられました。作詞はその後「男はつらいよ」シリーズの山田洋次監督です。
・一人ぼっちの二人
 日活映画「一人ぼっちの二人」主題歌、六輔・八大・九のコンビで大当たりしました。
・見上げてごらん夜の星を
 1963年の創作ミュージカル「見上げてごらん夜の星を」主題歌。定時制高校生と同じ机を使う昼間部生との触れ合いをミュージカルの舞台にしたものです。
全18曲

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○シングル・コレクション2から
・明日があるさ
 日本TV「夢を育てよう」の主題歌。テレビを見ながらステップを真似して踊った人が多かったのですが私もその一人でした。 
・夢を育てよう
 「夢を育てよう」のエンディング曲。「明日があるさ」とのこの2曲は両方ともA面として発売されて文化放送のベストテン番組の1位、2位を独占しました。
・幸せなら手をたたこう
 1964年に発売され、九ちゃんの暖かい歌声とともに盛り上り拾い世代でヒットしました。
・サヨナラ東京
 東京オリンピックのこの年海外からの選手団、観光客にむけて作った演歌です。ポップスとこれまでの日本的メロディの融合が新鮮でした。
・夜明けの唄
 NTV連続ドラマ「ぼうや」の挿入歌。岸洋子の持ち歌と思われてしまいますが九ちゃんの歌でもあります。
・ともだち
 1965年の「あゆみの箱チャリティ・ショー・テーマ曲」として身体の不自由な子供たちを励ます歌としてつくられました。
・涙くんさよなら
 この曲は「夜明けの唄」と同様に競作でしたが、ジョニー・ティロットソンの片言日本語の方がヒットしました。
・僕と今夜
 NHK TV「夢であいましょう」5月の歌。
・下町の青春
 1966年のNETテレビ 今井正アワー「下町の青春」主題歌。
・ジェンカ
 人気テレビバラエティ「九ちゃん」で九ちゃんのステップに全員が肩に手を乗せて足をふみ揃えて歌い踊られて大ヒットしました。
・街角の歌
 1967年の松竹映画「九ちゃんのでっかい夢」挿入歌。監督は山田洋次です。
・世界の国からこんにちわ
 1970年の万国博のイベント広場などのショウでのオープニング曲として歌われました。
・これが青春
 NHK TV「音楽の花ひらく」のオープニング・テーマ・ソングでした。
・さよなら さよなら
 坂本九ショウのラスト・ソングによく唄われました。
・エンピツが一本
 世界を駆け巡る国際記者・大森実の姿を描いた曲です。エンピツ1本だけで世界を動かすことができるといった意味をもつメッセージ・ソングです。
全15曲

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○シングル・コレクション3
・若者たち
 1968年に同名テレビ・ドラマの主題歌としてブロード・サイド・フォーが唄いヒットしましたが、何時しか聞かれなくなり、次の世代に歌い継ごうと九ちゃんがレコーディングしました。
・コングラチュレーションズ
 久しぶりの洋楽のカヴァー曲。「ブラジル・ポピュラー音楽祭」に入賞しました。
・白いラブレター
 1969年、作詞のヒロコ・ムトーはまだ何色にも染まっていない「白」を青春に置き換えました。
・この世のある限り
 1971年、大阪万博も終わりショウのオープニング曲が「世界の国からこんにちわ」からこの曲になりました。また、女優柏木由紀子へのラブ・ソングであるとも言われました。
・銀座の夜
 大銀座まつりイメージ・ソングで詩が演歌調で曲がポップ調の都会的演歌でした。
・夜も昼も
 1973年、TBS TV「まんまる四角」連続ドラマの主題歌。脚本は藤本義一が担当しました。
・夕焼けの空
 NHK TV「新・八犬伝」主題歌。九ちゃん独特の七五調の語りと辻村ジュサブロウの人形デザインによる人形劇が子供たちを興奮させました。
・何かいいことありそうな
 1976年、STV「サンデー九」のテーマ・ソング。札幌テレビで毎週日曜日に462回放送されました。
・親父
 1982年待ちに待ってやっと発売された坂本九自作の曲です。小規模なライブ・ハウスで感動を与えました。
・おとなの童話
 1983年、XQS(エクスキューズ)という覆面歌手として「ぶっちぎりNO文句」を唄ったが、この曲はB面なのでテレビで歌われたことはありません。ブルーコメッツの井上大輔作曲によるとても品の良い大人のラブ・ソングになっています。
・懐かしきラブ・ソング
 1985年、東芝EMIからファン・ハウスへの移籍後初のシングルレコードですが最後のレコードになってしまいました。NHKの「古賀政男記念音楽賞」の入賞曲として各地への出演のため飛びまわっていた矢先の事故でした。最近は司会ばかりで歌を唄わなかったとのことから「昔は歌手」と揶揄されていましたが、レコード会社の移籍で歌手の復活をめざしていた九ちゃんでしたが道半ばで逝ってしまいました。しかしながら数々の歌は永九に不滅です。
・心の瞳
 「懐かしきラブ・ソング」のB面としてリリースされましたが、「坂本九 音楽葬」の際に父のア・カペラのテープに合せてピアノを弾く娘2人の姿に多くの犠牲者をだした事故の痛ましさがこみあげました。
全12曲

次回の高橋アキは所要のため中止します。
次々回はマンハッタン・ジャズ・クインテットです。
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2013年11月15日

アナログ・レコード鑑賞会68(シドニー・ベシェ)

二日間降り続いた小雪は一段落したものの冷え込みのなか久しぶりアナログ鑑賞会になりました。
今回の鑑賞会はジャズ創世期に華々しい活躍をしたクラリネット、ソプラノ・サックス奏者のシドニー・ベシェを聴きました。シドニー・ベシェの演奏はデューク・エリントンなどの共演者のみならずジョニー・ホッジス、ジョン・コルトレーンなどジャズの歴史の中で多くのジャズメンに大きな影響を与えています。クラリネットより音の大きいソプラノ・サックスを好んで演奏したそうですが音量もさることながら哀愁に満ちた音色の魅力は唯一無二だとおもいます。ルイ・アームストロングと同世代のためか人気のてんでは影が薄いようですがジャズの演奏においては一歩もひけを取るものではありません。
ライブな部屋はパワー・アンプをマッキントッシュの真空管からスレッショルド4000カスタムのトランジスタに変更しました。30年以上前に製造された古いパワー・アンプですが、シドニー・ベシェ同様に哀愁と切れのある音は今を持って色あせることはありません。

最初は、1939〜1940年に録音されたブルー・ノート7002『SIDNEY BECHET JAZZ CLASSICS VOL1』から「@SUMMERTIMEADEAR OLD SOUTHLANDBBLUE HORIZON」を聴きました。このアルバムは元々SP盤の音源を10インチLP盤にオムニバスしたものです。@のサマー・タイムはブルー・ノート・レコードの初ヒットとなった歴史的な演奏です。聴く者のこころを揺さぶるジャズ演奏のなかでも突出した名演だと思います。Aはベシェの逞しい演奏が聴けます。Bはクラリネットデでの演奏になっています。
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続いては、1944〜1945年の同じブルーノート7003『SIDNEY BECHET JAZZ CLASSICS VOL2』から「@ST. LOUIS BLUESAHIGH SOCIETYBBLUES FOR TOMMY LADNIER」を聴きました。このアルバムはVOL.1の続編になりますが、Bのシドニー・ド・パリス、ビック・ディッケンソンが加わった日の演奏は同じデキシー・スタイルの演奏にスイング感が増幅されて楽しい演奏になっています。
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この2枚のブルー・ノート10インチ盤は我が家では家宝となっています。

次は、12インチ盤ブルーノート1201『SIDNEY BECHET JAZZ CLASSICS WITH BUNK JOHNSON SIDNEY DE PARIS VOL1』から「@MILENBERG JOYADAYS BEYOND RECALLBBLAME IT ON THE BLUES」を聴きました。このアルバムは10インチのVOL.1全曲とブルー・ノート10インチ盤7008のA面3曲とB面1曲をカップリングして12インチ化したものです。伝説的なトランペッターであるバンク・ジョンソンとシドニー・ベシェの唯一の歴史的競演のスタジオ録音になっています。
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続いては、12インチ盤ブルーノート1203『SIDNEY BECHET JAZZ CLASSICS WITH WILD BILL DAVISON AND ART HODES VOL1』から「@ST. JAMES INFIRMARYAMEMPHIS BLUESBSISTER KATE」を聴きました。このアルバムはブルー・ノート10インチ盤の7001と7005から12曲を収録しています。コルネット奏者のワイルト・ビル・デビソンとシドニー・ベシェの共演は迫力ある演奏が聴けました。
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次は、1953年録音のSTORYVILLE10インチ盤『SIDNEY BECHET JAZZ AT STORYVILL VOL1』から「@C JAM BLUESALADY BE GOODBJAZZ ME BLUES」を聴きました。このアルバムはヴック・デッケンソンのピアノ・トリオとの共演で古いトラディショナル・スタンダード曲の演奏でボストンのクラブ・ストリービルでのライブ録音になっています。面白いことにストリー・ビル・レコードのオーナー・ジョージ・ウィーンがピアノ演奏で演奏に参加しています。シドニー・ベシェはこの直前までブルー・ノート・レコードに所属していましたが心機一転した所為か伸び伸びとした寛いだ演奏になっています。
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最後は、同じ1953年録音のSTORYVILLE10インチ盤『SIDNEY BECHET JAZZ AT STORYVILL VOL2』から「@BUGLE BLUESAINDIANABHONEYSUCKLE ROSE」を聴きました。クラブ・ストリービルはピアニストのジョージ・ウィーンがボストンに開業したもので、ウィーンはこの後ニュー・ポート・ジャズ祭などをプロデュースしてから世界各地にジャズ・フェステバルが開催されるようになりました。この
ライブアルバムはその転機となった記念すべき演奏集になります。
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外は寒いのですが心が温まる鑑賞会でした。
次週は、坂本 九をCDで聴く予定です。
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2013年07月23日

CD鑑賞会24(カサンドラ・ウィルソン)

カサンドラ・ウィルソンは多種・多才な歌い方をするジャズ・シンガーだと思いました。ジャズとブルースは勿論のことポップ、ロック、ボサノバ、ファンク、ヒップ、フォークなどなど際限がありません。また、女性としてはとても低い音域の声質のためか説得力のあるボーカルを聴かせてくれます。デビューしたころはM−Base集団の一員としてジャズにアフリカ音楽などをとりいれて発展させる活動していましたがその範疇にも収まりきれないより広大な宇宙空間に入り込んでしまいました。M−BaseのMはマクロという意味で日本語では巨視的と訳されています。正に大極的な視野を基本にした創造的な音楽なのでしょう。余談ですが安曇野のジャズ喫茶M−Baseのネーミングはここからとったのだと思います。
カサンドラ・ウィルソンのボーカルをリンデマンのプレーヤーにリッツ線で作製したXLRケーブルを使用してキメの細かい再生を狙ってみました。

最初は、1988年の『BLUE SKIES』から「@SHALL WE DANCEAPOLKA DOTS AND MOONBEAMSBBLUE SKIES」を聴きました。このアルバムはデビューから3枚目のスタンダード集になっています。マルグリュー・ミラー・トリオの好演奏をバックに新しいスタンダード曲のようにブルージーにスウィングしていました。
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続いては、1993年の『BLUE LIGHT』から「@YOU DON`T KNOW WHAT LOVE ISABLACK CRAWBSANKOFACBLUE LIGHT`TIL DOWN」を聴きました。このアルバムはカサンドラ・ウィルソンの好きな歌と歌手の曲を集めたものになっています。デビュー前にギターでの弾き語りで歌っていたためか誇張感の無い素直な歌い方になっていました。ブルージーな歌声が美しく響きました。
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次は、1996年の『NEW MOON DAUGHTER』から「@STRANGE FRUITALOVE IS BLINDNESSBLAST TRAIN TO CLARKSVILLECMOON RIVER」を聴きました。このアルバム1曲目から凄いことになつています。何が凄いのかというと歌に吸い寄せられてしまうのです。タイトルのニュー・ムーンとは新月の真っ暗闇のことでここから病を治すことだそうですがドーターのカサンドラの新しい旅立ちを意味するのかは解りません。このアルバムで初のグラミー賞を獲得しました。
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4枚目は、1997年の『RENDEZVOUS』から「@OLD DEVIL MOONATENNESSEE WALTZBTER FOR TWOCCOME RAIN OR COME SHIN」を聴きました。このアルバムはジャッキー・テラソンとの連名になっていますが日本でのタイトルはなぜかテネシー・ワルツになっています。2人の歌と演奏の共演はスタンダードですが実に新鮮です。
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最後は、2002年の『BELLY OF THE SUN』から「@THE WEIGHTADARKNESS ON THE DELTABSHELTER FROM THE STORMCCORCOVADO」を聴きました。このアルバムはアメリカのルーツ・ミュージックを歌っています。カサンドラ・ウィルソンの古里ミシシッピーの肥沃なデルタ地域での地元ミュージシャンを含めての録音になっていますが特にAでは老ピアニスト、ルーガル・エイムズとのテュオはとても心温まる歌と演奏です。このアルバムでカサンドラ・ウィルソンは月から太陽に昇華しました。
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次回は、ヘンリー・マンシーニを予定しています。
なお、次回以降暫くの間は夏の繁忙期のためお休みします。
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2013年07月07日

CD鑑賞会23(小澤征爾)

小澤征爾は日本人指揮者として世界的に成功した唯一人だと思います。1964年のシカゴ交響楽団をはじめとして1973年以降ボストン交響楽団の音楽監督を30年もの長きにわたって務めたり、日本人として初めてニューイヤー・コンサートをウィーン・フィル・ハーモニー管弦楽団で指揮し、その後ウィーン国立歌劇場の音楽監督を務めました。しかしながら日本国内では1962年のNHK交響楽団との亀裂から演奏会や録音が暫くの間ありませんでした。このためアメリカを本拠にしての演奏活動が長かったのですが1984年に恩師であった齋藤秀雄の没後10年に合せて世界中の齋藤門下生によるメモリアル・コンサートが開催され、この後サイトウ・キネン・オーケストラとなり音楽監督としての活動を開始しました。
N響事件は当時大きな社会問題になりましたが、N響楽団員が指揮者に対してボイコットしたことに対しては高慢なプライド意識がみてとれます。私的な経験ですが、ある大きな会場での送別会でのこと弦楽4重奏団が招かれて演奏を始めたところ彼方此方でおしゃべりが止みませんでした。すると演奏者の一人が立ちあがって言いました。「静かに演奏を聞いてくれないのなら止めます」。可笑しな話でこれは音で聴衆を惹きつけることができないのにも関わらずプライドばかり崇高な演奏者そのものだとその時思いました。最初の一音が素晴らしければ皆黙ってしまうものです。
今回は管球アンプでサイトウ・キネンを中心に緻密な演奏を再現したいとおもいます。

最初は、私の一押し1988年のオルフ/カルミナ・ブラーナをベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、晋友会合唱団、グルベローヴァのソプラノ、エイラーのテノール、ハンプソンのバス、ベルリン・シュターツ&どむ少年合唱団で全て聴きました。このアルバムではアマチュアの晋友会合唱団が素晴らしく独唱者を完全に凌駕してしまいました。この躍動感とリズムはフィリップスの録音と相まって醍醐味が堪能出来ました。
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次は、1991年にサイトウ・キネン・オーケストラが世界ツアーに行った際の録音で『ブラームス交響曲第3番 ヘ長調 作品90』から「第一楽章、第二楽章」を聴きました。スケールが大きく気迫のみちた感動的な演奏になっていました。
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続いては、1992年のサイトウ・キネン・オーケストラによる『モーツァルト ディヴェルティメント ニ長調 K.136』を聴きました。この曲は小澤征爾とサイトウ・キネンのメンバーの原点ともいえる曲になります。また齋藤秀雄の生涯最後に指揮した曲とのことですので自ずと入魂の演奏になりました。
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最後は1994年の同じサイトウ・キネン・オーケストラによる『リムスキー・コルサコフ スペイン奇想曲 作品34』を聴きました。このアルバムはサイトウ・キネン結成10周年、恩師齋藤秀雄没20周年の記念アルバムになります。個々のソリストの存在感を始めハープの吉野直子が加わり色彩感豊かな演奏でした。
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余談になりますが、今年も信州松本で開催されるサイトウ・キネン・フェステバルでは何んと小澤征爾とジャズピアニストだった大西順子のギグが実現することになりました。余裕があればぜひ聴きたいものです。

次回はコールマン・ホーキンスを予定しています。
posted by みのさん at 21:43| Comment(0) | TrackBack(0) | ライブな部屋

2013年06月21日

CD鑑賞会22(ルービンシュタイン)

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アルトゥール・ルービンシュタインのピアノはやさしく、淀みのない流れのように演奏しているのでとてもリラックスできます。また、溢れる音楽の表情は力強いのですが力みは全く感じられないばかりかピアノで歌うがごとく憂いに満ちています。ベートーベンも良いのですが今回は同じポーランド出身のフレデリック・ショパンをCDで聴くことにしました。ルービンシュタインによって独自の世界のショパンの曲がより一層優麗に響きました。
このピアノを再生するためにリンデマンのプレーヤーに1930年代に製造されたシーメンスのリッツ線で作製したXLRケーブルを使用しました。憂鬱な響き具合が上手く再生できるとよいのですが。
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1.夜想曲(NOCTURNES)から「@第一番 変ロ短調 作品9の1 A第二番 変ホ長調 作品9の2 B第三番 ロ長調 作品9の3」を聞きました。この曲は1965年のイタリアでセルジオ・マルコトゥリーの録音です。@の演奏は初めて聞いた時にマイルス・デイビスのラウンド・ミッドナイトと同じ感動をしましたが現在も変わりません。Aは男女の甘い語らいと言われていますがそう思います。Bは秘めたる情熱が伝わってきました。
2.ワルツ(WALTZES)から「@第一番 変ホ長調 作品18 華麗なる大円舞曲A第六番 変ニ長調 作品64の2 子犬B第七番 嬰ハ短調 作品64の2」を聴きました。同じイタリアの1965年セルジオ・マルコトゥリーの録音です。@は円舞曲のなかでもっとも絢爛になっています。Aは子犬が自分の尻尾を追ってくるくる回っている姿をヒントにしたとのことです。B郷愁がとても魅力的でした。
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3.ポロネーズ(POLONAISES)から「@第三番 イ長調 作品40の1A第六番 変イ長調 作品53B第七番 幻想ポロネーズ 変イ長調 作品61」を聴きました。この曲は1964年ニューヨーク・カーネギーホールでの演奏で録音はアンソニー・サルバトーレです。@は軍隊ポロネーズですがショパンの愛国心が彷彿され行進曲のようです。Aは英雄ポロネーズで堂々としていました。Bショパン晩年の傑作といわれていますがショパンの幻想の世界が漂っていました。
4.バラード(BALLADES)から「@第一番 ト短調 作品23A第三番 変イ長調」を、続けて
5.スケルツォ(SCHERZOS)から「A第ニ番 変ロ短調 作品31」を聴きました。これは1959年ニューヨークのマンハッタン・センターで録音はジョン・クローフォードです。@はショパンの会心の曲とのことです。Aは甘美でありながら沈鬱な曲になっていました。
6.即興曲(IMPROMPTUS)から「@第三番 変ト長調 作品51A第四番 幻想即興曲 嬰ハ短調 作品66」を聴きました。これは3.と同じカーネギー・ホールでの演奏です。@は柔らかく憂愁なショパンらしい曲になっていました。Aは魅力的でやるせなくなるほど悲しく優しい秀曲でした。
7.舟歌(BARCAROLLE) 作品60 、はルービンシュタインが初めて録音した曲ですがここでは1962年のニューヨーク・マンハッタン・センターでアンソニー・サルバトーレの論音です。ゴンドラに乗った若い二人の恋人がゆったりと揺れている様子が偲ばれました。
8.子守唄(BERCEUSE) 作品57 は1965年ですが舟歌と同じ場所と録音です。ポーランドの民謡がもとになっているようですが母親の子守唄のようです。
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9.マズルカ(MAZURKAS)から「@第五番 変ロ長調 作品7の1A第23番 ニ長調 作品33の2B第37番 変イ長調 作品59の2」を聴きました。この曲は1965年ニューヨーク・ウェブスター・ホールでの演奏でリチャード・ガードナーの録音です。@はもっとも陽気な曲になっています。Aはポーランドの若者が踊っている情景のようです。
10.幻想曲(FANTAISIE IN F MINOR) 作品49 を最後に聴きました。この曲はショパンの最高傑作曲とされていますが、神秘性のある幻想曲でした。
ルービンシュタインはショパンの内面性にまで表現できる数少ない偉大なピアニストに偽りはありませんでした。

次回は阿川泰子を予定しています。 


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2013年06月10日

CD鑑賞会21(ドーン・ランベス)

ジャズにもいろいろありますが古きあまり良くない時代に人々に一時の幸せを与え続けたのはスイング・ジャズです。ドーン・ランベスのボーカルはこの古き良きジャズを思い出させてくれました。オーストラリアの歌姫ジャネットの歌い方に似て暖かい温もりが伝わってきます。2004年のデビュー・アルバムが全米で話題になつたのも頷けます。
この暖かいボーカルを再生するために管球アンプとプレーヤーとしてリンデマンにバランス出力ケーブルをセットしました。 

最初は、2003年のデビュー・アルバム『Midnight Blue』から「@If I Were You AToo Marvelous For Word BI Saw Stars CMidnight Blue DSugar EGoodnight My Love」を聴きました。1930〜1940年代のジャズらしくクラリネットなどの楽器演奏が主体になっていてボーカルはソロ演奏の一つのように聴こえました。ビリー・ホリディやエラ・フィッツ・ジェラルドなどのボーカルとは歌い方は違っていますが良い演奏メンバーに囲まれて良い雰囲気になりました。まさに温故知新のスイング・ジャズが堪能できました。
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続いては、2008年のアルバム『Let`s Get Lost』から「@Let`s Get Lost AMy Blue Heaven BC`est Si Bon CGive Me The Simple Life DDeram man EBlue Room 」を聴きました。
このアルバムではウェスト・コーストのジャズ・メンによるビック・バンドでの演奏になっています。特にジェフ・ハミルトンのドラミングは何を演奏しても素晴らしいと思います。@はチェット・ベイカーの作品をカヴァー、Aは往年のジーン・オースティンのスタンダード、Bはサッチモのヒット曲、Cはスタンダード、Dはエラの名唱が有名です。ドーン・ランベスの唄と演奏は昨今の難しい技術優先の演奏者が自己満足しているジャズとは違い演奏者も聴衆も伴に楽しめる本当のジャズだと感じました。
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アルバムは現在2枚だけですが次のアルバムが何時リリースされるのか待ち望んでいます。
次回は、カラヤンを聴く予定です。
posted by みのさん at 21:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ライブな部屋

2013年05月29日

CD鑑賞会20(ハリー・アレン)

ハリー・アレンのテナー・サックスは滑らかでかつふくよかにスィングします。一聴すると往年のレスター・ヤングを彷彿とさせスタン・ゲッツやズート・シムズの影響を程良く受けているようです。昨今のわざとらしい技巧とゴリゴリ感や名演奏をそのままコピーしている奏者が人気を博しているなかにあってハリー・アレンの演奏は聴く者に良い時代のジャズを思い出させてくれました。このためかアメリカ本国よりはヨーロッパでの人気が高い奏者です。
滑らかでふくよかなサウンドを堪能するためにリンデマンのCDプレーヤーに古き良き時代のケーブルで作製したバランス出しケーブルを装着してみました。
最初は、『ELLINGTON SONGS』から「@CジャムブルースAスイングしなけりゃ意味がないBA列車で行こう」を聴きました。バックは新進気鋭のビル・チャーラップ・トリオですので若いエネルギー感のある演奏になりました。Bは比較的ゆっくりとしたテンポで走っています。
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続いては、『WHEN I GROW TOO OLD TO DREAM』から「@夢みる頃を過ぎてもAナガサキ」を聴きました。レイ・ブラウンのベース、ジェフ・ハミルトンのドラムス、ハーブ・エリスのギターと名手との演奏は正に夢み心地になりました。Aは必聴に値する演奏です。
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次は、『DREAMER』から「@チェンジ・パートナーズAドリーマーBいそしぎ」を聴きました。このアルバムはストリングスをバックにボサノバでの演奏になっています。@はアービング・バーリンの曲、Aはジョビンの「夢みる人」、Bはジョニー・マンデルの有名曲、ですが、ハリー・アレンとボサノバはスタン・ゲッツ同様相性が抜群に良いと思いました。
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続いては、『COLE PORTER SONGBOOK』から「@君にこそ心ときめくA夜も昼もBビギン・ザ・ビギン」を聴きました。このアルバムは美しい名曲ぞろいでハリー・アレンと名手ベニー・グリーンのピアノとのデュオ演奏ですので聴きごたえ十分な演奏が楽しめました。しかしながらベニー・グリーンのピアノが饒舌すぎるキライがありました。
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次は、『I CAN SEE FOREVER』から「@波A黒いオルフェB思い出の夏」を聴きました。ここでは、2ギター、パーカッション、フルートに名手ロン・カーターのベース、グラディ・テイトのドラムスによるジャズ・ボサノバの演奏になっています。特にBの演奏は素晴らしい演奏でアート・ファーマーの堂曲の演奏に勝るとも劣らない名演だと思いました。さらにジャケットも秀逸だと思います。
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続いては、『I LOVE MANCINI』から「@ティファニーで朝食をAシャレードB酒とバラの日々」を聴きました。ヘンリー・マンシーニの有名曲をストリングスをバックに流麗にテナーが奏でます。このまま映画音楽にしても違和感は無いと思いました。
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最後に、『JUST YOU,JUST ME』から「@ユー・メイク・ミー・フィール・ソー・ヤングAジャスト・ユー,ジャスト・ミー」を聴きました。このアルバムはスコット・ハミルトンとの心温まる2テナーでの演奏ですがとてもよく似た音色になっています。このためかバトルではなくむしろ協同調されたすばらしい演奏になりました。
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気持ちの良い演奏が続いたのでだいぶ時間が延びてしまいました。

次回は、ホレス・シルバーを予定しています。
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2013年03月29日

アナログ・レコード鑑賞会60(パティ・ペイジ)

寒暖の差が大きいこの頃ですが雪解け後の庭に雪割草や福寿草が咲きだしました。可愛い花ですので少しずつ庭の手入れしていくことになります。
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24年度最後の鑑賞会はポピュラー音楽当世第一の女性歌手と紹介されることが多い Patti Page を聴きました。パティ・ペイジと言えば「テネシー・ワルツ」が余りにも有名ですがスタンダードやポップスの歌唱においても秀でています。誇張したところはなく歌詞と曲をとても大事にし良く聴きとれる発音で歌ってくれます。このため何んとなく唄っているようですが、実は一曲一曲とても用意周到に唄われていて破綻はありません。1950年代に女性歌手として最も多くのレコードを売り上げたそうですが然もありなんと納得してしまいます。
当世第一の女性歌手の歌唱を聴くためにマッキントッシュのアンプとスピーカーにお願いしました。

最初は、やっぱり1951年から52年にかけての大ヒット曲「テネシー・ワルツ」を聴くことにしました。アルバム『This is my song』から「@This is my song AThe Tennessee Waltz BCross Over The Bridge 」を聴きました。Aの曲は多くの録音が残っていますがここではパティ・ペイジの歌唱が多重録音になっています。Bはこの当時では珍しいビートのあるリズムでロックン・ロールのように唄っています。
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続いては、1954年から55年にかけて録音されましたパティ・ペイジの傑作アルバム『PAGE1〜4』を聴きました。ペイジ1から3までは主に1930年代の名曲が歌われています。ペイジ4だけは1951年から54年にペイジ自身のヒットした曲、1954年から55年当時の新曲、スタンダード曲になっています。
ペイジ1からは「@ゴースト・オブ・ア・チャンスA瞳は君ゆえにBアラバマに星落ちてC夕陽に赤い帆D月に願いを」を、ページ2からは「@君ほほえめばAロッキン・チェアBホエン・ユア・ラヴァー・ハズ・ゴーンCパラダイス」を、ペイジ3からは「@マイアミの月A嘘は罪B思い出のたねCブルー・ハワイD誰も奪えぬこの想い」を、ペイジ4からは「@涙のワルツAミスター・アンド・ミシシッピーBロンリー・ディズCハピネス・イズ・ア・シング・コールド・ジョー」を、それぞれ聴きました。ここでの丁寧な歌唱はパティ・ペイジの実力と個性と魅力が存分に堪能できるものになっています。さりげなく心をこめて唄ってくれました。
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次は、1965年パティ・ペイジ最後のビルボードトップテンに入った曲「Hush,Hush,Sweet Charlotte」の入った同名のアルバムから「@Hush,Hush,Sweet Charlotte AThe Green Leaves Of Summer BBlack is The Color of My True Love`s Hair CDanny Boy」を聴きました。@は映画音楽ですが親しみのあるスタンダード曲はとても味わい深く響きました。
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最後は、4月を目の前に迎えている今の季節に因んだ曲集のアルバム『I`ll remember April』から「@It Look Like RAIN In Cherry Blossom Lane AI`ll remember April BApril Showers」を聴いて鑑賞会を終了しました。
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終始気持ちよい雰囲気での歌唱は唯一無二であり当世第一も決して誇張とはおもわれません。

新年度一回目の鑑賞会は4月3日に諏訪内晶子を予定しています。
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2013年03月16日

CD鑑賞会17(寺井尚子)

今日の白馬は風が強く気温が高くなり雪解けが加速しました。そうした中、雪解けを待っていたかのようにスノー・ドロップが一番に白い花を咲かせました。
今回のCD鑑賞会は寺井尚子のバイオリンを聴きました。バイオリンはとても魅力的な音を奏でる楽器であるのは承知していましたが、それは主にクラシック音楽の場合が当てはまるように思っていました。ステファン・グラッペリのポピュラー音楽や少し変わったところではジプシー音楽で使用され哀愁を帯びた音楽を聴かせてくれましたが、寺井尚子はジャズの世界にバイオリンを持ち込んできたのでとても新鮮に響きました。何しろバイオリンがスィングするのは聴いたことがありませんでしたので、改めてバイオリンの魅力を再認識することになりました。このバイオリンの音色はやっぱりマッキントッシュの真空管アンプが良く似合います。

最初は、1998年のデビュー・アルバム『Thinking of You』から「@Stolen Moments A出会いBDonna Lee CI Love You Porgy 」を聴きました。このアルバムを聴けば誰でもバイオリンを見直すと思います。メロディーが愉しくスィングしたり歌を奏でました。
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続いては、1999年のセカンド・アルバム『PURE MOMENT』から「@Adios Nonino APure Moment BFragile CFirst Love」を聴きました。ここでは驚くほど多彩な音楽を演奏しています。@のピアソラ、Aは自作曲、Bのスティング、Cの宇多田ヒカル と、バイオリンに花が咲いたようです。
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次は、2000年のサード・アルバム『Princess T』から「@Beijos APrincess T BSt. Thomas」を聴きました。このアルバムはギタリストのリー・リトナーほかのメンバーによるロサンゼルスでの録音です。バックの演奏の素晴らしさもあって寺井尚子のバイオリンが弾けています。また、このアルバムの音はとても良いです。
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4枚目は、2001年の『LIVE』から「@Spain AStolen Moments BBlack Market」を聴きました。初のライブ・アルバムですが、リー・リトナーほかの Princess T のメンバーのツアー・ライブ演奏になっています。このライブ・アルバムも音がとても良いのですが、なんとエンジニアがPrincess T と同様ドン・マレーがわざわざ来日して担当していました。スリリングなライブ演奏が堪能できました。
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5枚目は、2001年の『All For You』から「@Agua de Beber(おいしい水)ALibertango BI Girasoli(ひまわり)」を聴きました。このアルバムではフランスのアコーディエン奏者リシャール・ガリアーノとのセッションになっています。このためか演奏がフランスの香りがしました。
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最後は、2003年の東芝EMIに移籍後の第1作『anthem』から「@過ぎ去りし日々A夢の終わりにB哀しみのミロンガCいつかどこかで」を聴きました。このアルバムはオリジナル曲が中心になっています。何故か中西俊博のバイオリンに似た音がでてきたりしています。このアルバムは日本ゴールド・ディスク大賞ジャズ・アルバム・オブ・ザ・イヤー(邦楽部門)を受賞しました。
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個人的にですが、寺井尚子はジャズは勿論ですが、ジャンルには囚われない世界中の良い音楽を演奏するバイオリニストだと思います。
次回は年度最後の再来週になります。バティ・ペイジを予定しています。
posted by みのさん at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | ライブな部屋