2018年11月04日

今年の色づきは

今日は薄曇り時々晴れの天候ながら、寒さが少しばかり和らいだようだ。
落ち葉掃きと少しづつの冬支度をしつつ、裏庭の紅葉に見とれていては作業は捗らない。
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まあー、慌てることも無いので、ぼぉーっとのんびりしよう。
今年は気の所為だろうか、なんだか色が濃いように思える。
面識の全く無い人が、勝手に庭の中まで入ってきて写真を撮っていたりするのだが、ついつい釣られてしまったのだろうか。
日曜日のこともあって建築ラッシュしている作業音も無く、このように静かで落ち着いた日ほど贅沢なものはないだろう。
幸せとはこういうことだろうと又もや感じ入った。
白馬盆地の東山も大分彩が鮮やかになってきている。
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2018年10月02日

秋の味覚満載

台風の影響から大雨になり、その後には大風に代わり、どんぐりのどしゃ降りになった。
合わせて、小枝や葉が降り落ちて散乱していたので、このたため、今日は片付けに精いっぱい心魂を注いだ。
このような日ですが、夕食は秋らしい味覚に浸ることにしよう。
栗ご飯には、青鬼の紫米を少し混ぜて。
焼きマツタケは、大町産を眼の前で焼きながら。
松茸の土瓶蒸しは、出汁に三つ葉をいれて。
魚は新物の鰤を、塩焼きにしてレモンを。
おしんこは、茄子の糠づけ。
汁は豚汁。
写真を撮る間も無く、秋の味覚を満喫でした。
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2018年08月20日

絶好の登山日和に

昨日は、BBクラブのみなさんと雨飾山に登ってきました。
総勢10名なので、10人乗りのレンタカーを借りて、午前4時に洗濯船を出発しました。
登山口の雨飾山キャンプ場の駐車スペースが狭いので、早く到着してスペースを確保する必要があるのです。
約一時間後にキャンプ場に到着し、運よく駐車スペースも確保できたので、歩行時間を片道一時間程度短縮することができました。
車の中で朝食を済ませて、5時半ごろには登山を開始しました。
雨飾山の登山は、まず下山から始まります。
暫く川沿いの道を進むと、急坂がいよいよ始まります。
途中に私のお気に入りの場所、ブナ平までは一時間弱ですので、ここらで一服休憩をするのがお決まりになっています。
急坂を登り切ってから、下り坂が始まると荒菅沢がもうすぐです。
今年は猛暑のため雪渓の雪がほとんど融けていまっていたので、水が流れているか心配だったのですが、しっかり流れていましたので安心しました。
此処で足りない水を補給することができます。
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ここからの布団菱の眺めは、格別でした。
BBクラブの皆さまと布団菱の雄姿。
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荒菅沢からは本格的な急登になります。
ロープがあったり、梯子がかかっていたりして、緊張する場面が多くなりますので、疲労も積み重なります。
登りきると辺り一面のササが生茂る笹平にでます。
ここから仰ぎ見る雨飾山の山頂と、右手方向に広がる日本海が壮観でした。
笹の中の道を進んでいくと、新潟県からの登山道が右手から突き当たる少し開けた場所にでます。
此処で、これからの頂上へのアタックのための休憩をとって、頂上まで一気に登る事にします。
ハイ・シーズンになると、この頂上直下で渋滞が発生してしまうこともあるのですが、今日は順調に登ることができました。
先ず、双耳峰の北峰に行き、360度のパノラマを堪能して、羅漢上人が設置した石仏に感謝してから、三角点のある南峰に行き、大休止兼腹ごしらえをしました。
今日の山頂は、絶景のオカズに少ない登山者に恵まれての、幸福な食事会になりました。
雨飾山頂にて、この笑顔が全てを語っています。
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北アルプスの朝日岳から遠く槍ケ岳まで視界に入ってきました。
申し分ない時間を過ごして、これからは下山になります。
登りの時間より短縮にはなりますが、梯子やロープ、滑りやすいところは、下山のほうが危なくなりますのでより緊張します。
荒菅沢まで下降し、大休止してから、登り返して急坂を下りていきます。
ブナ平で少しばかりの休憩をして、ここから一気に下りきることになります。
午後から雲がでてきましたが、全員無事に下山でき、総じて絶好の日和になりました。
BBクラブの、BBの意味は聞きませんでしたが、ババァ・クラブに相違ありませんでしょう。
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2018年08月01日

暑いぞ!夏だ!ジャズだ!

うだる様なこの夏にはジャズが似合うと思う。
しかもブルーノートであれば申し分ない。
ガンガンに音量をあげて滴り落ちる汗を吹き飛ばしてしまおう。
最近システムに組み込んだ可変イコライザー・カーブはAESで完璧になる。
何故なら、昔ブルーノートのオリジナル盤を聴いた技術者が、AESカーブの音をRIAAカーブで聞いてしまったその音を、ブルーノートの音だと信じて脳にインプットしてしまい、リバティに移ってから各国でプレスできるようになっから、この音を基準にカッティングからイコライジングプレスしたものが再販されているからだ。
勿論、マスター・テープの劣化もあることから、オリジナル盤の音に近づけるべくイコライジングすることに罪は無いが、ブルー・ノートの音が、ライオンとゲルダーによる、さも特殊であるかのように吹聴するのは如何なものかと思う。
色々なレーベルで録音しているゲルダーが、ブルーノートでは大きく違うことは考えられないだろう。
特殊に聴こえたのは、AESのイコライザー・カーブをRIAAのイコライザー・カーブで聞くと、中音域がフラットから大きく持ち上がり、特徴的な音になるからに他ならない。
オリジナル盤をAESカーブで聴いてから、RIAAカーブである再発盤をAESカーブで聴くと、これがどんぴしゃりになる。
つまりは、再発盤のプレスで技術者がイコライジングした音そのものは、AESカーブに似通ってしまっているためだ。
試しに、この盤をRIAAカーブで聴くと、何か物足りなくなるはずだ。
夏の暑さに負けないように、この再発盤を、エンパイアD1カートリッジのロードインピーダンスを100kΩにして、風圧を楽しんだ。
先ずは、ゆったりと
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きびきびするために
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頭の中を空っぽにするには
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とどめにはこれが一番
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音が風のように吹き抜けていったのはよいが、暑さがぶり返してきたのには困った。
熱中症にならないうちに、ひんやりとした地下のデットルームにブルー・ノート・レコードとともに避難することにしよう。
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2018年07月08日

夏のオーディオフェアー

松本ロイヤルオーディオ主催の、夏のオーディオフェアが7〜8日にかけて、松本キッセイ文化ホールで開催されている。
ひょんなことから、前日の夕方に同業者のオーストラリア人のA氏から電話があり、フェアに行くことが決まってしまった。
まあー、大雨の影響で商売はあがったりなので、暇を持て余していることでもあり即きまってしまった。
A氏は、日本のオーディオフェアーに初参見でもあり、とてもワクワクしている様子が手に取るように解る。
今回のフェアーで一番の楽しみは、真空管の音がいろいろ聴けることと、アナログプレーヤーだと、行きの車の中で話していた。
私からは、「山姥」の話をしたが、巧く理解できないようなので、「年のいった女の鬼」と言うような事を云うと少しは理解したようだ。最後に、「奥さんのことを山姥といってはいけない」と、釘をさしたのだが、この時点では理解できなかったようだ。
松本キッセイ文化ホール3階の大と小3つのホールを使用してフェアーが開催されていた。
受付を済まして先ず大のホールに入ってみると、10位のブースの内、一つのブースが試聴会を実施していた。座席は20人くらいでほぼ満杯状態になっていて、立ち見試聴になってしまった。
先ずA氏は、最初の試聴会で使用していた小型のスピーカーに釘付けになってしまった。
それはタンノイノオートグラフ・ミニで、以前から評判のよい侮れないスピーカーではある。
試聴が終わってからも心残りなのか、パンフレットなので価格の確認をしている。
次は、私も興味があったテクニクスのブースに移動して、ダイレクトドライブの雄、SL−1000Rでの試聴をした。スタッフからは、SL−1000Rの製造や部品にかかるお話と、当然だがアナログレコードでの試聴があった。
ここでの試聴では、何時も感じることなのだが、どうしても違和感がある。
煌びやかな音が輩出されるのだが、音が硬く尖っている。
これではゆったりと音楽に浸ることはできないだろう。
3枚目のアナログ盤に入った時にスタッフがスタビライザーを置くのを忘れてしまったらしい。
音が多少柔らかくはなったので、説明していたスタッフに、スタビライザーが無いほうが良いですね、といったところ、反りのあるレコードが多いのでスタビライザーは必要なんです、との答えだった。
イミジクモ、トレース能力の低さを露呈してしまったようだが、スタッフはきずいていない。
A氏とはいうと、プレーヤーの価格160万円と追加アームボード10万円にびっくりしてしまったことと、ギスギスした音質には我慢できないと感想を述べていた。
おそらく原因は、デジタルパワーアンプが、正にデジタルらしい増幅をしているためだと思う。
今回一番のお目当てであるフェーズメイションのブースでは、最前列中央に席を確保し、オール真空管でのアナログ再生と、フォノイコライザだけ真空管ではない試聴の二種類を比較して聞くことができた。
この音にはA氏は大満足だったらしく、開発者にいろいろと聞き入っていた。
この後は、池田のジャズ喫茶Mゲイトに行く予定にしていたので、早々にキッセイホールを後にした。
A氏から、タンノイのスピーカーに未練があることと、フェーズメイションのフル真空管への未練が大いにあることなどの話があり、フェーズメイションの音はどうでしたか、との質問が私に向けられた。
私からは率直に、満足できるような音ではなかったこと、理由としては、例えば最後のアナログ盤、石川さゆりのボーカルを取り上げ、彼女の声は鬼のような怨念が入っているのだが、綺麗さっぱりになってしまったこと。開発者の説明にあったノイズを極限まで取り除いて、空気感を出すことを目標にしている、ことには賛同できないこと。
私の考えは、ノイズを取り除くのではなくて、ノイズが空気感を生むものと思っていて、これを目標に実践している、とお話した。
次の質問では、幾らくらいあればオール真空管を購入できるだろうか、と。
私からは、約1000万円は必要だろうとの返答をしたが、その後のレスポンスは途絶えてしまった。
Mゲイトに着くと、何やら取材があったらしく、若い人が大勢いて驚いたが、終了したらしく直ぐに静かになった。
これまた、JBLエベレストのまん前に陣取り、持参したビル・チャーラップ・トリオのレコードを再生してもらった。
A氏は、ビル・チャーラップのCDを多く所持しているのとピアノトリオが好きだと公言していたからだ。
ここでの初めて聞くJBLエベレストの音にも驚愕したらしく、このスピーカーにも大いに興味を示した。
私からは、ここのカートリッジは、フェーズメイションですよ、と言うとなお、びっくりしていた。
帰路に就いた車の中でA氏からまたもや質問があり、MゲイトのJBL他プレイヤー、ネルソン・パスのパワーアンプなど購入するとすれば幾らくらい必要だろうか、とあったので、2000万円ご用意くださいと返答したところ、所有している宿泊施設を売らなければ買えない、と肩をがっくりさせた。
私から、商売道具を売り払ってまでオーディオで音楽を聞きたいのか。
早まって購入したならば、奥さまが山姥にうまれかわってしまうだろう。
それよりも趣味としてのオーディオを、いろいろ経験することが先決だと、太い釘をさしておいた。
格言にあるではないか、「幾ら高額・高級な機器を購入しても、その人のもっている音楽を聴くという能力以上の音は望めない。」ものなのだ。
耳が痛いが、日ごろの切磋琢磨は必要なのだ。



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2018年07月04日

今年最後の花

台風の影響からか、時折強い風が吹き抜けていき、これも時折大粒の雨が打ちつけてくる。
今年は初めて二本の大山蓮華に五つの花がつき、大喜びも本当に束の間の出来事のように感じてしまう。
そして最後の花になるであろう五つ目の花が開き、二日くらいの開花期間であることを踏まえても、何とか風に耐えている姿はいじらしい。
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来年は、あと六本の大山蓮華に花芽が付くことを祈願しているが、鬼に笑わないようにしよう。
最初に植えた数年前の二本の大山蓮華の苗は、植樹場所などが悪かったらしく成長を止めたまま、内一本は枯れてしまったようだ。
今年咲いた花が身をつけ、その後の種をとって来年発芽させようと考えているが、巧く行くかは解らない。
試行錯誤しながらでも何とか増やしたいものだ。
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真っ赤にみえるシモツケが鮮やかだ。

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2018年06月23日

EQカーブは?

アナログ・レコードの再生にとって避けて通れないはずのEQカーブなのだが、古今東西、世界中のオーディオ業界揃って見て見ぬふりをして避けている傾向を強く感じている。
昨今、どれほど高額になれば気が済むのかと思われるアナログ・プレーヤーなどのオーディオ機器については、いくら趣味性が高いと言えども目的を逸脱しているとしか思えなくなっている。
数百万円もするフォノイコライザーが目的にしているのは、精緻なRIAAのEQカーブなのだが、RIAAカーブといっても3種類あるが、何時のRIAAカーブなのか説明が見当たらないのはどうしたことか。
CDの盛大な宣伝文句に載せられた出現により、アナログ・レコードの製造が終焉をむかえようとしていた1980年以降に細々と生産されたものは、間違いなく最新のRIAAカーブだろうが、どれほどのアルバムがあるのだろうか。
ほとんどは名盤とか希少盤とかいわれている過去に録音・製造されたアナログ盤やその再発盤なのではないだろうか。
新しい録音はデジタル方式に変わりつつある中、ほとんどがCDに移行してしまっている。まれに高額アナログ盤として市場にでてくることもあるが、アナログである必然性は感じないのはどうしたことだろうか。
近頃の世間では、オリジナル盤を含めて中古・新譜のアナログ盤を、「音が良い、楽器の実在感がある、など。」として、論・批評しながらブームをつくろうとしているように感じるが、アナログ・レコード盤の再生に精通しているとは、とても思えない。
なぜなら、ほとんどと言ってもよいほどEQカーブはRIAAカーブだけを使用している。
これでは、適正なEQカーブを使用しているとはいえないのが事実だ。
1954年にRIAAカーブに統一されたことになっているが、これは建前論にすぎないのが事実だ。
各レコード会社、エンジニアなどによって使用されたEQカーブがバラバラな状態になっているため、業界を含めて見ぬふりをしているにすぎない。
例えば、ジャズ・レコードでは、リバーサイドのビル・エバンス。
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ワルツ・フォー・デビーのEQカーブは、コロンビア・カーブになっている。
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同じく、1960年のポートレイトは、AESカーブになる。
同じ会社であっても違うことが間々ある。
ブルーノートは、もっとひどいことになっている。
1960年代に入ってジャケットの裏にRIAAカーブと明記されているにもかかわらず、AESカーブなのだ。
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有名な「枯葉」も、AESカーブである。
プレステージの、サキソフォン・コロッサスは、コロンビア・カーブになっている。
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マイルスのクッキンも、コロンビア・カーブだ。
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コロンビア・レコードのマイルスのカインド・オブ・ブルーは、当然のごとくコロンビア・カーブだ。
これは、過去にレコードを聞きながら、何かおかしいと思っていた疑問点を解消してくれた経験からでてきたものなのだ。
ジャズよりも厄介なのが、クラシック・レコードでのデッカ・カーブだ。
1980年に入ってもデッカ・カーブを使用していたり、RIAAカーブを使用したりして同時期に混在している有様だ。
デッカのED4盤をデッカ・カーブで再生したところ、チョン・キョンファのバイオリンの躍動感がしっかり再生できたのだ。
適正なEQカーブを使用しないとどの様な事がおきるか考察してみると、
まず、オーディオによる音楽再生にとって一番重要な、低域や高域が強調されたり、中域が減少したり突出したりして、帯域バランスが崩れてしまうことになる。
これを、レコード会社やエンジニアの特徴としてとらえてしまうことが問題になる。
高忠実度再生を謳っているオーディオ・システムに造反していることは間違いない。
次に、周波数特性と位相特性が変化してしまうので、楽器の音が鮮明で無くなったり、だんご状になったり、奥に引っ込んでしまったりしてしまう。
これをスピーカーの個性にしてしまうのは、間違っている。
適正化なEQカーブを使用していないのにもかかわらず、アナログ・レコードの音質を批評・論評する・できるのは、各種・可変EQカーブの神の耳を持った天才人としか思えない。
若しくは、音だけを聞いていて、音楽そのものを聴いていないのではと勘ぐってしまう。
アナログ・レコードの再生でもっとも肝心なのは、そのレコードに適正なEQカーブを適用することだろう。
印象的なのは、洗濯船に来られたお客様のなかで、コンテンポラリーのアート・ペッパー、ミーツ・ザ・リズム・セクションをコロンビア・カーブで再生したときだ。「ペッパーのサクソフォンが、低域まで伸びているのは聞いたことが無いが、おかしいのでは。」と。
RIAAカーブで聞くとペッパーらしくなるとでもいうのだろうか。
アナログ・レコードの再生が大変・面倒だと言うのは、このことに他ならないのだ。
一時の流行にのって「お洒落」では済まないのが、「文化」と言う謂れなのだ。



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2018年06月07日

饗宴

打って変わって日差しの照りつける好天気になった。
洗濯船の薔薇たちが一斉に蕾を開き始めてきたので賑やかになっている。
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エリーナ
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パパメイアン
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エバーゴールド
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アンネフランク
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ゴルデルゼ
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カクテル
開花までもうすぐな蕾も沢山控えていて、梅雨入り直後とは到底思えないほどだ。
木々の間からは小鳥の声と混じって春ゼミの鳴き声がすざましいほどだ。
サクランボの実と小枝のついたどんぐりの葉が落ちてきている。
ハイイロチョッキリも元気にしていることが解って嬉しいかぎりだ。
元気を沢山もらったので気持ちも軽く風が爽やかにすぎていく。
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2017年12月10日

ステレオをモノラルに

片チャンネル断線してしまって、修理不能と送り返されてきた高額なステレオカートリッジの使い道は、モノラル再生専用とするしかない。
そもそも購入時には、永久保証するとのふれこみだったのだが、内部が樹脂で固められていて修理不能とは、今になってどういうことだろうか。メーカーや輸入販売の口から出まかせが暴露された形だ。
どうしようもないので、生きているチャンネルを生かしてステレオ・レコードをモノラルに変換して聴くと言う暴挙に出ることにした。
カートリッジの+と−、アースの+と−を、USSR製0.17mmのエナメルコーティングされた銅線のエナメルを剥ぎ、ハンダを使用しないで結線した。
この銅線の音質は侮れないどころか素晴らしいの一語に尽きるが、如何せん極細いので忍耐力が試されてしまう。
今日は体調と気力・体力とも充実ぎみなので、作業はあっという間におわった。
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イメディア・レボリューションのプレーヤーの専用カートリッジとして、無事になんとか復活を果たした。
ステレオ録音をモノラルにしてプレス販売していた時期もあったが、わが家では今でもこの方式を準拠しているというわけだ。
なかなか悪くないではないか。
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2017年10月29日

雨の影響

二週連続して雨の訪問者があり、観光のお客様もゆったり景観観賞とはいかなくなって気の毒になる。
エコーランドでは、本日ハロウィンが開催され、中心の通りを封鎖して楽しむ予定だったのだが、大雨の予報もあり、自ずと室内での開催になってしまう。楽しみにしていた子供たちのがっかりぶりが目に見えるようだ。
洗濯船界隈では、昨日綺麗に片づけた落ち葉なのだが、昨夜半からの雨に打たれ落ちた葉が所狭しと散らかっていて、がっかりしてしまう。
裏庭の借景は水もしたたる紅葉が美しく映えている。
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しかしながら、この景色を写真に巧く収めるには力量不足が露出してしまい、オーディオと同様に思い知らされることになる。
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まあー、こんなもんだと直ぐに開き直ってしまえばなんてことは無く、見とれていれば済むことなのだ。
天気予報によれば、明日の午後に霙から湿雪になるとあるが、雪の準備などしているはずも無く大変だ。
ここでも開き直るしか手はないのだから、成るようにしかならないので仕方がない。
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2017年10月15日

招かざる客

一度言い出したら後に引かぬ人、人のものを強引に何でも欲しがる人、自己顕示欲・自尊心・プライドの極端に高い人、他の人(自分以外)の意見などを聞こうとしない・聞けない人、全てお金で解決できると思っている人、場の雰囲気を理解しようとせずに平気で壊す人、謝ることができない人、協調性が解らない人、何事にも不平・不満を持つ人、経験則を持たない・持とうとしない人、自分からは面倒な事はやらないと決め込んでいる人、きちんと自分の意見を整理して発言・発表できない人、評論家・雑誌などに書かれたことを鵜呑みにして自己の哲学としている人、何事も自己の都合のよい事(自分が一番苦労しているなど)に歪曲してしまう人、他人の装置で試そうとする人、自慢話ばかりする人、
などなど、キリが無いほどの才能に恵まれた御人が洗濯船にご来館するが、ご遠慮賜りたいのが本心だ。
同じ趣味人として、道楽者同士として、遺憾なく語り合いたいのだが、そうも言っていられないのが実情だ。
時として、上記を全て身につけている御人が存在しているのも事実で、流れてくる音楽は当然耳に入ってくる訳が無く、新しい発見もできずにイライラしているのがオチだろう。
まかり間違って他の人がいたならば、この場の雰囲気を台無しにしてしまうし、後にはなかなか戻れなくなってしまう。
洗濯船はお互いに切磋琢磨していくことを目標にしているので、このような御人は招かるざる客としている。
反面教師としてとらえられることもあるが、限度は自ずと存在するので、寂しい限りだが現実として受け止めざるを得ない。
趣味は行きつく先が見えないほど深く暗いので、終着点が見えなく不安だけがよぎってくるが、一点の明るい光を灯もしてくれる御人のご来館を何時も待っているのは変わりが無い。



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2017年06月30日

メンテナンスは?

速いもので今日で一年の半分が過ぎてしまうことに愕然としてしまう。
この半年に何をやってきたのだろうと回想するが、ぱっと思い浮かばないところをみると、大したことはしていないのは確かなところだ。
最近の座右の銘は、「できることはやる。できないことはやらない。」と、至極当たり前すぎることにしている。言葉を替えれば「無理しない。」ということになる。
旧来のオーディオを趣味にしている人は、一時のばぶる期からぐんぐん下降してきて、今や珍しくなり奇人扱いされてもいるようだ。
当然といえば当然なのは、機器の一つ一つが高級化、選別化されて、高音質の追及に拍車がかかっていて、普通の人にはとても購入できないものになっている。
オーディオ熱に溢れかえっていたころの軽薄短小とは正反対になっているのは確かなところだ。
電子関係の消耗部品の供給も数年で途切れてしまい、買い替え需要を国を上げて喚起しオーディオ業界を支えていたが、需要者側が気が付いてしまったために沈静化してしまったのだろう。
運よく憧れの機器を入手できたとしても、新品時の性能が何時までも続くということは望めないのが事実だ。
末永く性能を維持し使用していくために必ず必要になるのが日頃のメンテナンスだろう。
最近では部品の供給が無かったり、技術者がいなかったりして、メーカーであってもメンテナンスを受け付けないことが散見されているが、製造責任はどこ吹く風といったことがまかり通っている。
このような事では安心してオーディオ機器を利用できないと嘆いていても埒があかないので、所有者自身がメンテナンスをすることを実践すべきと思う。
ここで直近のメンテナンス事情を一例として明かしてみると、EMT930stのアナログ・プレーヤーのモーターの振動の最小化のために使用している進相コンデンサの交換を実施することにしたが、国内で唯一ドイツから供給される部品を使用してEMTのメンテナンスをしている東京のE社に、オーディオ専門店を経由して依頼しようとしたところ、「会社まで運んでくること。費用は10万円程度になる。」とのこと。7年ほど前に同社にメンテナンスを依頼した際には、運送は家財宅急便の往復で費用は部品類の交換なしで約20万円かかった。この内訳はメンテナンスは15万円、専門店の取次が5万円。しかも悪いことにメンテナンス後にアームがレコードの内周まで動作しなくなっていた。おそらくアームの高さのチェックを専門のゲージのみで調整したためだと察しがついた。
この会社のメンテナンスには満足できなく懲りたので、次に埼玉県の個人経営のメンテナンス会社に費用を聞いたところ、部品は1セットあり5万円程度との概算をだしてきた。
これはまだ良心的なほうで、名古屋のH堂は東京のE社まで自社の車で運送して、E社の倍額ブラス運賃の費用でメンテナンスを受け付けている。
コンデンサ一つに10万円とか5万円とかの費用には正直気違いじみていると思うし、メンテナンスに数十万円を毎回負担できるのは、限られた極一部の大金持ちか世間知らずだろう。
このコンデンサは、3〜5年毎の交換を前提にして機器の性能の維持をしている。
このようなことから、元EMTの技術者が会社を起こしてEMTの部品供給を一手に引き受けている事情がある。このため、現在はメンテナンスしていれば930stプレーヤーの性能はある程度維持していけるのだ。
しかしながら、このべらぼうな費用を要求してくる風潮はユーザーを馬鹿にし過ぎている。
なぜなら、今回自前でコンデンサを交換したのだが、取り寄せたコンデンサのセット料金は約1万円だった。
これなら数年ごとに交換しても大きな負担にはならないだろう。
メンテナンスは自前に限る。が、できることはやる。できないことは、どうする。
もちろん破格の費用でメンテナンスを実施してくれる奇特な御人がいるでしょうから、熱心に探すことに越したことは無いが当然リスクも存在する。
メンテナンスの問題はまだまだ多く存在していて安心できる機器は少ないのが実情だ。
オーディオの趣味は消滅するべくして消滅していくことだろう。

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2017年05月18日

自己顕示欲

オーディオ機器の中には所持することによって喜びを見出すこのとできるものもあるのは事実として、他の人に自慢したいがためだけに所持する人がいるのも確かだ。
こういう人が始末に負えないのは自己のステイタスが高級機器の入手とともに上昇しているとの思い込みが激しいことで、同様な機器を持つ人に戦いを挑むがごとく何処かで聞いた論評で自己主張するのである。
自己よりも価格の低い機器を持つ人には蔑視し、高級機を持つ人には低姿勢となるのは、本人自身は気づいていないのであるが、みっともないこと甚だしいと周りは感じとるものなのだ。
またこのような人にまとわりつくのは、機器の価格が性能と比例しているとか、いろいろな評価を鵜呑みにしている事で、専門紙や評論家をそのまま信じ込んでしまい自己の経験則がないことだ。
評判の高級機を次から次えと買い替えたり、何台も買いそろえて飾るのは勝手なのだが、オーディオを趣味にしているとは言わないで欲しいものだ。
オーディオ機器から音楽をどの様に具現しているのかで、自己顕示してほしいものだ。
オーディオの衰退は起こるべきして怒っている。
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