2017年09月10日

アザミ

土曜日曜と二日続きの晴れになり観光のお客様も増えているように感じる。
昨日はBMWの二輪車によるパレードがあった所為かオートバイが彼方此方走り回っていて小気味の良い音を響かせていた。
今日は国際トレイルランが開催されていて放送の音が風に乗ってくる。
洗濯船の庭では、どんぐりの落ちる音が絶え間なく聞こえてくるので、仕方なくどんぐり拾いをすることになるなか、ふっと顔を上げるとアザミが咲きだしていた。
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こうなると直ぐによぎってくるのは、「アザミ嬢のララバイ」だ。
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中島みゆき のデビュー・シングルであり、歌詞の中では「夜咲くアザミ」で、秋に咲くのは「桔梗」ということになっている。
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鬼の仮面を裏にかぶった若い女性の底しれぬ深い情念を切々と歌う「みゆき嬢のララバイ」はここから始まった。
石川さゆりの「天城峠」は恐ろしく怖い怨念を男に向けて歌い、中島みゆきはどこまでも深く暗い女だけが持っている怨念を自身に向けて歌う。
この二つに共通しているのはその音だ。JBLのSPの音がまとわりついてくる。
演歌とも艶歌ともつかない怨歌は、男の背筋が凍りつき、鬼に睨まれたらおしまいなのだ。
鬼無里には鬼が居なくなったとのことだが、戸隠辺りにはいくつかの鬼の話が伝承している。
油断のないよう心しておくべきだろう。
けっして「鬼さんこちら」などと発してはいけない。
posted by みのさん at 14:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 音の聴こえてくる風景

2017年08月31日

面白くなくなったJAZZ

最近といっても、もう大分時間が過ぎ去っているがJAZZが面白くない。
技巧に走り過ぎていたり、演奏者の自己満足に終始している演奏を聴いても心を打つ事が無いのだ。
この為かライブ演奏から足が遠のき必然と古いレコードを引っ張り出してJAZZを楽しむことになってしまっている。
いみじくも、昨日放映されたトランペッターとジャズをやりたかった暴走少年ドラマーの軋轢が表面化してしまったのは、現在のJAZZを取り巻く現況を端的に伝えていて納得したものの悲しいと思わざるを得ない。
もし、トランペッターがJAZZトランペッターだったら、暴走少年ドラマーとトランペットで対決しただろう。そうなればスリル満点のアドリブ合戦に突入して、会場はJAZZの熱気が充満し本当のJAZZを
堪能できたはずだ。
こうした中で、もし能力が足りないと悟った少年は暴走を止めることになるだろうし、その後この少年はより精進してこのトランペッターを凌駕し世界に羽ばたく事になるかもしれないではないか。
このような若い芽を育てることを見失っていて形式だらけのこの世界では未来はありえないだろう。
決められたことをきちんとこなしていき、暴走を認めないのではJAZZとは名ばかりで、吹奏楽や軽音楽との違いは認められない。
必要なのは節度ある決まり切った中に押し込むビンタよりも、暴走を快走に替えるJAZZ的センスではないだろうか。
デュークエリントンのライブ演奏にトランペッターの暴走が記録されているが、この熱い演奏は後々までの語り草になっている。
ジョン・コルトレーンの暴走を誰が止めようとしたか。
クリフォード・ブラウンに割って入るソニー・ロリンズは暴走なのか。
これがJAZZだろう。
もっと悲惨な事と言えば、このトランペッターはJAZZを捨てていることは未だしも、演奏者の魂とも言える楽器、即ちたとえステックと言えども楽器を投げ捨てることができるのは、そもそも演奏者としてのステイタスをも投げすててしまったのに等しい。
世間の評判とは裏腹の醜態を晒してしまったのは、新しい芽をつぶそうとしたこととともに取り返しがつかなくなった。
褪めたJAZZには魅力が無いに等しい。
posted by みのさん at 11:16| Comment(4) | TrackBack(0) | 音の聴こえてくる風景

2017年01月04日

田園

昨日は雪の舞だったのですが、何故か積もるよりも融ける方が勝っていました。
今日の朝方は暴風と雨で小枝の舞と融雪がはっきりとみてとれました。
スキーのお客様はモチベーションを維持するのに苦労されているようです。
雪の絶対量が不足する中、ゲレンデ外に雪を求めて雪崩に遭遇してしまうことが起きています。
山麓から平地を傍観すると春間近と見間違うほどの田園風景になっています。
吹き抜ける風に乗って、あのメロディーが流れてきたような気がしました。
いや、頭の中でははっきりと鳴り響いています。
それはベートーベン交響曲第6番「田園」です。
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しかも、フルトヴェングラーのあの演奏です。
ベートーベンの感銘した風景が白馬でも感じられるとまでは思いませんが、それなりに響いてくるものがあるようです。
新年最初の音出しはこれにしなくてはいけないのではないかと暗示をうけました。
そうこうしているうちに、窓の外では雪が落ちて来ました。
田園も捨てがたいのですが、この季は早く「銀界」になってほしいとも願っているので複雑な心境です。
posted by みのさん at 12:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 音の聴こえてくる風景

2016年09月03日

RVG探し

録音エンジニアのルディ・バン・ゲルダー氏が91歳で去ったとニイノニーノ2こだわりの杜BBSにあった。
思えば音の良いジャズレコードにはいつもRVGがあり、レコード漁りは必然とRVGを求めていたように思う。
特にブルーノート・レコードの音には多くの衝撃をうけたものだ。
しばらく後になってから解ったのだが、ブルーノート・レコードの12インチ1500番台の二番目にあたるマイルス・デイビス・オールスターズVol.2からその名前がでてくるが、このころのはまだ普通の音質だったので印象は薄かった。
他のアルバムで思い起こされるのは、
プレステージ・レコードでは、サキソフォン・コロッサスやリクラシン、ソウルトレーンなどの超有名盤。
インパレス・レコードでは、ブルースの真実やカンザス・シティ・セブン、2 3 4などなど。
その他には、ブルース・エットやフォンテッサ、アランフェス協奏曲、ピュアー・デスモンドなどがある。
こうした中でも思い入れのあるレコードとしてブルーノート1519、ハービー・ニコルス・トリオを挙げる。
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打楽器のごとくピアノに打ちつける演奏と相まってRVGの録音は金属音となって聴く者に浴びせかけてくる。
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この不思議な音に引き込まれたら抜け出すことはかなわなくなるほどの魔力を秘めている。
アルバム一つ一つに込められた音に魅せられているうちにRVGの音が自然と聞こえてきたりする不思議さ。
何時しかジャズのよい音として刷り込まれていることに気づくことになる。
申し分のない幸せを録音したエンジニアに謹んで感謝したい。
posted by みのさん at 15:43| Comment(2) | TrackBack(0) | 音の聴こえてくる風景

2016年07月03日

晴れたり降ったり曇ったり

今日はエコーランド区の一斉草刈りの日だったのだが、土砂降りの豪雨予報が出たりして当然だれも草刈りはしない。時折晴れ間が出で小雨模様になるのだが直ぐに土砂降りに戻ってしまう。
こうなることを予期して昨日の暑い中草刈りをしたのだ。
降雪の少なかった今冬なので雨が降るのは今のところ田圃には喜ばしいと思うことにしている。
我が家のモリアオガエルも喜んでいるし。
このような日はじたばたしても始まらないので都合よく音楽と読書にどっぷりと浸ることにする。
庭を眺めてみると雨だれが勢いよく落ちてきて視界を塞いでしまう。
洗濯船の前の道路は川と化している。
今日のような天候には、モップスの「たどりついたらいつも雨降り」ではなく、森昌子が歌うテレビドラマ「おはなちゃん繁昌記」の主題歌「晴れたり降ったり曇ったり」がちょうどよい。
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「晴れたり降ったり また曇ったり 天気もその日で 移り変わるわ・・・激しい雨でも何時かはやむものよ」と。
全くその通りだ。でもまだやんではいない。
しからば、この際とっておきのアルバムをだしてしまおう。
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「SONGS for Raney Day 」、いきなり雷が鳴り響きわたるのだ。
豪雨を連れてくるSUE RANEY の名盤。ジャケットの緑が裏庭を彷彿とさせる。
これを聞けば雨と仲良しになれるかもしれないが保証はない。
何故だか雨が強くなってきた。どうしてくれるのだ。
読書に精をだすことにしよう。
宮本常一「忘れられた日本人」がもう一つの文化を思い知らせてくれる。

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2016年07月01日

紫陽花と蛙

7月の初日は暑い。どうも夏がきたらしい。
このような時は朦朧と妄想していることが多い。
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色づき始めた紫陽花を眺めているとイベット・ジローの「あじさい娘」が頭の中によぎる。
「まだ長いスカートをはいていた昔のことだけど 一人のみなしごがいました。 何時もやさしく気立てのよいあじさい娘です。」から始まり、その後みそめられて侯爵夫人になった清楚なあじさい娘の歌。
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いまどきの青い目をしたお人形娘とはかけ離れた感が拭えない今は遠い昔の物語。

妄想は未だ続く。
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このアルバムには妄想の種が多い。
「蛙」だ。
「一人の若者が池の淵に遊びに行って 蛙を一匹捕まえた。すると蛙は震えながら言った。私を放してください。そうしたら3つの願いをかなえましょう。」と。若者は最初に沢山のお金と良い着物が欲しいといい、次に栄光が欲しいという。しかしながら、若者は幸せにはなれなかった。若者は最後のお願いに愛が欲しいと言うと蛙が美しい娘に変わり若者に幸せをもたらした。
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擬人化も甚だしいが、あり得ないことではない。なにしろここには蛙たちが彼方此方にいるのだから。
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2016年01月13日

悲愴

今日の朝は久しぶりに冷え込んだものだ。庇の水滴もしっかり凍りついていた。
しかしながら積雪はあるものの絶対量が少ないのでスキー場や宿泊施設は悲鳴をあげている。
白馬村では雪不足対策本部を設置してスキー関係の経営支援にのりだした。

このような時に何故かとりだしたアルバムは2枚の「悲愴」。
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一枚目は、ホロビッツのピアノでベートーベン・ピアノソナタ第8番
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二枚目は、ムラビンスキー指揮のチャイコフスキー交響曲第6番
お気に入りのこのアルバムからは悲愴感がこの上なく心に響いてくる。

2月6〜20日に「第3回白馬雪恋まつり」が開催されることになっていて、「雪像コンテスト」の募集が始まった。
現時点では雪像どころか小さな雪だるまぐらいがやっと作製できるほどの雪量なのと、日中の気温が高いので直ぐに溶けだしてしまう。
雪恋と雪乞いで何とかそれなりの降雪を期待するしかないので悲しいところだ。
洗濯船前の道路には雪がまったく無い状態だ。

posted by みのさん at 11:42| Comment(2) | TrackBack(0) | 音の聴こえてくる風景

2016年01月06日

Gaia Cuatro

4日、5日と二日間降った雨の所為かゲレンデのみならず白馬は閑さんとしている。明日からの予報では雪降りになりそうなので期待しよう。
さて、ガイヤ・クワトロが到着したので早速アンプに火入れしてプレイボタンを押した。
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これはすごい演奏だ。
ドス・オリエンタレスの音楽も生きた音の洪水だったのだが、ドス×2の生き活きさと言ったらいいのだろうか。次から次えと押し寄せてくる音は、熱く、激しく、優しく、強く、繊細に、切れの良い音で包み込んでくれる。
演奏者は、金子飛鳥とヤヒロトモヒロ、ヘラルド・ディ・ヒウスト、カルロス"エル・テロ"ブスキーニの4名。
ドス・オリエンタレスといい、ガイヤ・クワトロといい暫くぶりに興奮・感激する新しい音楽に出会った。
JBL M9500も喜んでいるようだ。
エゴイスタスの坂本氏には良い情報を提供してもらって感謝。
今夜はもう一枚のアルバム「udin」をマッキントッシュXRTで聴くことにしよう。
posted by みのさん at 17:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 音の聴こえてくる風景

2016年01月04日

DOS ORIENTALES

年末・年始の繁忙も一息といったところで、暫くぶりに地下のアンプに火入れ式をした。
地下のデットな部屋は低温倉庫状態になっているので適度に温まるまでに相応の時間がかかる。
せっかくの低音も本当にデットになっている。
アナログプレーヤー関係はもっと時間が必要なので先ずはCDから聴き始めることにする。

入手したばかりのドス・オリエンタレスの未聴アルバム2枚を今年の聴き初めに選定した。
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1枚目、「DOS ORIENTALES」Hugo Fattoruso & Tomohiro Yahiro 
ピアノとパーカッションのデュオ演奏が眼前にひろがる。
時にはジャズらしく、ある時にはボサノバのように。
ピアノがアコーディオンに変わると心を叩く。
ピアソラの風が心地よく吹き抜けていったりもした。
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2枚目、同じくドス・オリエンタレスの「Orienta」
最初の曲名が「東京の灯」。パックには静かに女性のスキャットが入っている。
ピアノの他にアコーディオン、シンセサイザーが入りパーカッションのリズムがうごめく。
1枚目のアルバムも素晴らしかったが2枚目はより複雑な対話をお互いに仕掛けているようにおもう。
このアルバムは中南米音楽のジャンルに入るのだろうが、とてもそこには収まらない正にグローバルな音楽体験となった。知らないとは損をすることと再確認した次第。

これは何のことは無い、スタジオ・ティーツーオーの坂本竜男氏の発行する「エゴイスタス18号」の「あるグラフィックデザイナーの視点Q」に紹介されたアルバムで、より多くの人に素晴らしい音楽を伝えたいとあったものだ。
確かに素晴らしい音楽を伝えていただき感謝します。
次は、「ガイヤ・クワトロ」の2枚が明日到着する予定なので期待が大きく膨らむ。
今年はとても幸先がよい。



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2014年10月10日

風変わりな店(信州 松本 中町 ぴあの)

昨日は久しぶりに松本まで出かけた。
何時もの散策コース、中町の蔵のある通りをぶらり歩く。気に入ったお店と気になるお店を覘きながら最後は陶片木(とうへんぼく)の唐津焼を目で堪能して終わりにしている。
このお店の一つ前に寄り道するのは、通りの向かい側にある蔵の1階にあるお店で、とても風変わりな「木のおもちゃ ぴあの」である。
何が風変わりかというと、お客は1組限定で中に入ることができるので、中にいるお客がお帰りになるまで次のお客は待ち続けることになる。
お店に入ると、ここの女ご主人はとても気さくな人柄で歓迎してくれるのだが、周りに所せましと置かれた1万ほどの人形たちも一斉に歓迎してくれる。
お店を入るとすぐ右側には小さなグランド・ピアノがあり、その左側には普通の家庭に置くアップライト・ピアノが置いてある。このピアノがお店の名前の由来なのだと思うのだが気づく人は少ない。なぜなら人形たちで埋め尽くされているのだから。
人形たち以外に木のおもちゃがいたるところに居るので「お手をふれないでください」と書かれているにも関わらず自然と手がでてしまう。
このお店には通路が1本あるのみで人ひとり分しかなく、いわゆる「足の踏み場もない」とはこのことと納得できる。
ここの女ご主人と人形・おもちゃ、たちとの関係はとても親密で販売し手放す際にも「可愛がってもらえるように」と良く言い聞かせているし、購入者にも万全を期すよう心がけているのが見ているだけでも解る。
おそらくこのお店の人形たちは夜になるとみんなで大騒ぎになり、今日この店を出て行ったなかまたちを偲ぶのだろう。
ひとつひとつ愛情がいっぱいかかったおもちゃで不思議な空間がこのお店に溢れている。
お店を出てすぐに浮かぶのは、ロッシーニのバレエ音楽「風変わりな店」だ。厳粛なクラシック音楽に異端したここでは機械仕掛けの人形たちなのだが、アーサー・フィドラー指揮ボストン・ポップス・オーケストラの奏でる音楽がまるで「松本ぴあの」ための音楽のようだ。
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「ロッシーニ=レスビーギ:風変わりな店」

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2014年09月19日

PEER GYNT(ヘンリク・イプセンの戯曲への付随音楽)

杜の中を彷徨うととても面白いことに出会えることが多い。
倒木にグリーグのペール・ギュントが聞こえてきた。
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オーゼの死とか朝の気分ではなく、さしずめ山の魔王の娘の踊りのようだった。
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いや、アニトラの踊りかもしれないな。
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2014年09月16日

嬉遊曲(Divertimento)

軽い風に舞いながらモーツァルトが奏でられている。2014_09_16_9999_55.JPG
posted by みのさん at 15:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 音の聴こえてくる風景