2021年01月28日

BLUE NOTE

いよいよSP盤のコーティングにとりかかりはじめて二日目になった。
初日は、HMVの小型蓄音機を使用して、美空ひばり、エディトピアフ、諏訪根自子などのSP盤を作業した。
二日目は我が家の家宝に手を出すことにして、敬意を表して1927年製ビクトローラーを使用してブルーノート・レコードのコーティングと剥がす作業を行った。
因みに、HMVとビクトローラーの音質の違いは、HMVのホーンは金属製であるのに対し、ビクトローラーのホーンは木製であるので、自ずとその違いが音になって襲ってくることになる。
家宝は沢山ある(本当か?)のだが、一番は、BLUE NOTE の第一回発売 12インチ BN1(ルイスの「メランコリー/ソリチュード」)のコーティングとコーティングを剥がす作業を行った。 
DSC00925.JPG
このSP盤は、1939年1月6日のブルーノート誕生に合わせて、アルフレッド・ライオンがマンハッタンの貸しスタジオでアモンズのソロ9曲、ルイスのソロ8曲、二人のデュエット2曲の計19曲をレコーディングしたもののうちの第一回発売の2曲で、同時に、BN2として(アモンズの「ブギウギストンプ/ブギウギブルース」)が、少部数おそらく各25枚市販されたといわれている。当時としては割れやすく高価な12インチ盤は商売に不向きであったが、ライオンはミュージシャンの録音時間のほうを優先することにしたことによる。
また、ラベルの色が赤・黒なのは、ライオンのドイツ訛りの英語を印刷会社が聞き違えたためだったらしい。 
この第一回発売の2枚がライオンがおもっていたよりも売り上げが好調だったので、翌年の1940年に各25枚を再販売したといわれ、この時点から青・白のラベルになったとのことだ。
DSC00928.JPG
我が家の二番目の家宝は、この青・白ラベルになったBN2に他ならない。
この12インチ盤は、56盤までの番号があるが、我が家では残念なことに数枚だけの収集に終わっている。
この後、ブルーノートのSP盤は、10インチになり500盤台、1500/1600盤台、ほんの少数の1200盤台と続いた。
面白いことに、我が家のBN1とBN2では、再販のBN2のほうの音質が若干優れていて、おそらく製盤会社がBN1がデッカで、BN2がコロンビアではないかと思う。これは、ビリーホリディーのコドモア「奇妙な果実」のSP盤がそうであったので、なぜか納得してしまう。
それはそうとしてSP盤のコーティングと剥がす作業は、一日あたり10枚程度が適当なので、はかどらない事といったらありゃしない。
焦らずゆっくりとやっていこうと思っている。暇なことでもあるし。

posted by みのさん at 12:45| Comment(0) | TrackBack(0) | オーディオ黙示録
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