2018年11月22日

山麓めぐりガイド養成〜歩いて白馬山麓を一周する〜

3回目となる白馬村公民館が主催するはくば塾の表記講座が、今にも雨か雪が降り出しそうな今日、4年前の神城断層地震の日に取り行われた。
この講座は天候に呪われていて、何度も実施日での中止や延期の憂き目にあっている。前後の日が好天気というのも何時もの事なのにというのにだ。
今回も一度中止になったのだが、何とかスケジュールを調整して、なんとか再会にこぎつけられたものだ。
それでも、やっぱり天候には恵まれないので、諦め半分雨笠持参で参加することにした。
特に今回は、白馬村の過疎地代表と神城地震の震源地近くを巡り歩くので、見逃すことはできない。
寒空のなか、丸山石仏群から始まった。
DSCN3797.JPG
此処は、西国三十三番の石仏や二十三夜塔、庚申塔など50基が小山に並んでいて壮観だ。
神城地震の際には、幾つかの石仏がころげおちたりして、修復したものの幾つかの道祖神や馬頭観音が行方不明になっている。一説によると盗難にあったとのことだ。
白馬全体でも、この種の盗難が多発しているとの話が、講師の田中欣一先生からあった。
次に、過疎の進展著しい幸田へ移動した。
ここの見物は、十三仏の石仏だ。
DSCN3806.JPG
初七日から始まる十三回の追善供養の本地仏の石仏があるので、ぜひお会いしたかったのだ。
この地域は、善光寺や戸隠への柳沢峠越え旧街道であったところで、往時は人の往来の多かったところでもある。
現在は、全ての世帯がでていってしまったが、新しい人が入植してきて、無人にはなっていない。
この街道の先にある、欠ノ下や長峰といった地区は廃墟になっていて、峠への道は荒れていて通行は厳しいとのお話を幸田の住人の方に聞いた。
次に蕨平まで移動し、観音堂と石仏群を巡った。
DSCN3809.JPG
元禄時代に造られた庚申塔。
ここのみどころは、霊験のあるイボ抜き地蔵だろう。今でも多くの人が訪れてくるのだそうだ。
此処からは姫川に添って大出地区まで移動した。
田中先生から、河童伝説の話があったが、私が読んだ本の内容とは若干ちがっていたが、大した問題ではないだろう。
DSCN3810.JPG
此処大出には、北野社があり、今回の参加者の中に本殿への登りでは、普段鈍感なのだが、ここは何かビーンと来るものがあったとの話が飛び出した。
菅原道真の怨念に違いない。
此処で昼食タイムをとって、姫川に添って下り、堂平舟山遺跡までいった。
ここから多くの発掘物があったが、今はほとんどが散在してしまっているとのことだ。
ここから松川を渡って、今日の最終地である荒崎石仏群まで行きついた。
DSCN3811.JPG
此処も西国三十三番観音が鎮座していて、地元の石工の作とのことだ。
この近くでは神城地震での断層が表出した場所の近くなので、断層の話の方に行ってしまった。
posted by みのさん at 20:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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