2018年06月23日

EQカーブは?

アナログ・レコードの再生にとって避けて通れないはずのEQカーブなのだが、古今東西、世界中のオーディオ業界揃って見て見ぬふりをして避けている傾向を強く感じている。
昨今、どれほど高額になれば気が済むのかと思われるアナログ・プレーヤーなどのオーディオ機器については、いくら趣味性が高いと言えども目的を逸脱しているとしか思えなくなっている。
数百万円もするフォノイコライザーが目的にしているのは、精緻なRIAAのEQカーブなのだが、RIAAカーブといっても3種類あるが、何時のRIAAカーブなのか説明が見当たらないのはどうしたことか。
CDの盛大な宣伝文句に載せられた出現により、アナログ・レコードの製造が終焉をむかえようとしていた1980年以降に細々と生産されたものは、間違いなく最新のRIAAカーブだろうが、どれほどのアルバムがあるのだろうか。
ほとんどは名盤とか希少盤とかいわれている過去に録音・製造されたアナログ盤やその再発盤なのではないだろうか。
新しい録音はデジタル方式に変わりつつある中、ほとんどがCDに移行してしまっている。まれに高額アナログ盤として市場にでてくることもあるが、アナログである必然性は感じないのはどうしたことだろうか。
近頃の世間では、オリジナル盤を含めて中古・新譜のアナログ盤を、「音が良い、楽器の実在感がある、など。」として、論・批評しながらブームをつくろうとしているように感じるが、アナログ・レコード盤の再生に精通しているとは、とても思えない。
なぜなら、ほとんどと言ってもよいほどEQカーブはRIAAカーブだけを使用している。
これでは、適正なEQカーブを使用しているとはいえないのが事実だ。
1954年にRIAAカーブに統一されたことになっているが、これは建前論にすぎないのが事実だ。
各レコード会社、エンジニアなどによって使用されたEQカーブがバラバラな状態になっているため、業界を含めて見ぬふりをしているにすぎない。
例えば、ジャズ・レコードでは、リバーサイドのビル・エバンス。
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ワルツ・フォー・デビーのEQカーブは、コロンビア・カーブになっている。
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同じく、1960年のポートレイトは、AESカーブになる。
同じ会社であっても違うことが間々ある。
ブルーノートは、もっとひどいことになっている。
1960年代に入ってジャケットの裏にRIAAカーブと明記されているにもかかわらず、AESカーブなのだ。
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有名な「枯葉」も、AESカーブである。
プレステージの、サキソフォン・コロッサスは、コロンビア・カーブになっている。
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マイルスのクッキンも、コロンビア・カーブだ。
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コロンビア・レコードのマイルスのカインド・オブ・ブルーは、当然のごとくコロンビア・カーブだ。
これは、過去にレコードを聞きながら、何かおかしいと思っていた疑問点を解消してくれた経験からでてきたものなのだ。
ジャズよりも厄介なのが、クラシック・レコードでのデッカ・カーブだ。
1980年に入ってもデッカ・カーブを使用していたり、RIAAカーブを使用したりして同時期に混在している有様だ。
デッカのED4盤をデッカ・カーブで再生したところ、チョン・キョンファのバイオリンの躍動感がしっかり再生できたのだ。
適正なEQカーブを使用しないとどの様な事がおきるか考察してみると、
まず、オーディオによる音楽再生にとって一番重要な、低域や高域が強調されたり、中域が減少したり突出したりして、帯域バランスが崩れてしまうことになる。
これを、レコード会社やエンジニアの特徴としてとらえてしまうことが問題になる。
高忠実度再生を謳っているオーディオ・システムに造反していることは間違いない。
次に、周波数特性と位相特性が変化してしまうので、楽器の音が鮮明で無くなったり、だんご状になったり、奥に引っ込んでしまったりしてしまう。
これをスピーカーの個性にしてしまうのは、間違っている。
適正化なEQカーブを使用していないのにもかかわらず、アナログ・レコードの音質を批評・論評する・できるのは、各種・可変EQカーブの神の耳を持った天才人としか思えない。
若しくは、音だけを聞いていて、音楽そのものを聴いていないのではと勘ぐってしまう。
アナログ・レコードの再生でもっとも肝心なのは、そのレコードに適正なEQカーブを適用することだろう。
印象的なのは、洗濯船に来られたお客様のなかで、コンテンポラリーのアート・ペッパー、ミーツ・ザ・リズム・セクションをコロンビア・カーブで再生したときだ。「ペッパーのサクソフォンが、低域まで伸びているのは聞いたことが無いが、おかしいのでは。」と。
RIAAカーブで聞くとペッパーらしくなるとでもいうのだろうか。
アナログ・レコードの再生が大変・面倒だと言うのは、このことに他ならないのだ。
一時の流行にのって「お洒落」では済まないのが、「文化」と言う謂れなのだ。



posted by みのさん at 12:59| Comment(0) | TrackBack(0) | オーディオ黙示録
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