2018年06月06日

歩いて白馬山麓を一周する

白馬村公民館主催の白馬塾、「山麓めぐりガイド養成の現地実学講座」に参加してきました。
講師は地元の田中欣一氏で、塩の道などの著書を多く編集・執筆している。何時も歴史紀行や山歩きなどのお世話になっている田中元二氏の父上でもあります。
年のことを言うと怒られますが、御年88才にも関わらず、歩く情熱は失われていないばかりか、知る情熱も限りなく溢れています。この先生のモットーは、古道を歩く、心身を鍛える、郷土を知る、新しい私を創る、としていて、なお、実践中というのが素晴らしいではありませんか。
ここを見習わなくてどうする。を、私自身のモットーにして、豊富な実践知識を伝授してもらうことを主眼として、この講座に応募しました。
当初は昨年の11月に開催される予定だったのですが、当日の天候不順により延期となり、昨日の6月5日実施となりました。
佐野坂スキー場、国道沿駐車場に午前9時に集合して、早速講義が開始されました。
当日の参加者は思っていたよりも少なく、総勢18名になり、私は恐らく年齢順では2番目あたりになり、先生を含めてもベストスリーに入るようです。
何のベストかは不問にして、先生からはガイドの心構えなどのお話があり、その後、参加者各自からの簡単な自己紹介などがありました。
エコーランド地区からの参加者は私だけだったので、自己紹介では、白馬の民話を持ち出して、雪女を娶ったみの吉の末裔だということにしておきました。
最初の現地での実学講座は、駐車場の隣にある、「十二神社石仏群」に移動しました。
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此処は、佐野地籍の長沢姓の氏神としてあり、この世を守護する十二の神を祀っています。
石仏は、39基あり、中でも、善光寺三尊像と十一面千手観音は特に秀逸だとおもわせる雰囲気を漂わせていた。一つ一つの石仏の説明をしていると明日になってしまうので、要点だけに絞ったが、それでも相当な時間が経過してしまい、早々に切り上げすることになりました。
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ここで問題が発生しました。田中欣一先生が、脱いだ上着が無くなったのだが如何したものかと、あり、リュックの中を確認して無事発見できました。好天気に恵まれて気温も上昇したので、上着を脱いだものの、何処かに置いたものと思っていたらしい。
次の現地を目指して、国道をみんなで渡れば怖くない方式で渡りきり、親海湿原方面に向かいました。
この道は、塩の道・千国街道の下道で、上道と二手に分かれている場所です。
途中の荒神石仏群にある8基の石仏群に立ち寄り、そのひとつである、徳本上人碑の文字碑について白馬や信州とのかかわりなど詳細なお話がありました。
この後、自然環境保全地域になっている親海湿原に移動し、田中先生の指名助手の説明を聴きながら湿原を一周しました。この湿原は低層湿原と高層湿原の併存する希少なところで、低層湿原に咲くカキツバタがほぼ満開になっていました。基本的には北方系の植物が多いのですが、最近はミツガシワに浸食されているようです。
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樹木では、ヤチダモやクワの大木が揃っていて、これも珍しいそうです。
足元には、人と仲の良いオオバコが、歩く道筋に沿ってのびていました。
ここから日本百名水の姫川源流に移動して、参加者は各自園内を一周しました。水量は少ないのですが、丁度バイカモの花が咲いていました。
長野県には3つの百名水があり、飯田、豊科と姫川になっています。
ここには、カワセミが生息しているのだそうですが、お目にかかった事はありません。
姫川源流に接しているドウカク山の名前の由来、ドウの別名であるトキの生息していた場所であり、ぜひトキに戻ってきてもらいたい、や、以前は鮭・鱒が此処まで遡上していた、などのお話がありました。
個人的には、この辺りから姫川に沿って白馬平の景観が一番好きです。
ここから田圃の畔道を通りオリンピック道路の下を抜けて、子安神社に移動しました。
この時点でお昼のチャイムが聞こえてきたので、お昼の休憩になりました。
30分程度の休憩をとり、講座が再会されました。
境内には、謂れのある桜の古木跡から発芽した細い枝桜があり、安産の霊験が知れ渡り、古今は近県からも安産のお参りが絶えなかったそうです。
また、ここは縄文遺跡跡でもあり、多くの出土品がありましたが、現在は、学者ほかに持ちさらわれてしまい、ほとんどが残っていないそうです。
白馬村内には55か所の縄文史跡があるのだそうです。
ここからは坂を登って内山地籍に移動します。田中先生は、軽のバンに乗って先回りして待機しています。
白馬では珍しい双体神の道祖神が集落の守り神として鎮座していました。
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双体神には3種類、祝言、握手、抱肩があります。
ここで、田中先生から、問題が提起されました。どちらが男子で、どちらが女子であるか、と。
参加者は、ほぼ半々というけっかになりましたが、田中先生は左が男子であると。しかしながら私は断然、右側が男子であるとしました。これには自信があります。祝言像でお酒のとっくりを持ち、また、注ぐ動作をしているのは女子であり、杯を持ち、お酒を受ける側が男子であるのは、間違いありません。
次は同じ内山地籍の六(りく)地蔵に行きました。
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ここには、立像と座像があり、衆生が善悪の業によって赴く六つの迷界(道)をあらわしていて、六道間を生まれかわり、死にかわりして、迷いの生を続けること、だそうです。
この内山には、白馬では現存最大の屋敷が残っているところでもあります。
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ここから、平成10年におこなわれた冬季オリンピック・パラリンピックのノルデック会場となった、スノーハープを通って、三日市場に入り、入の宮集落を過ぎて重要文化財、沢渡神明宮にいきました。
勿論先生はバンに乗って先回りしています。
鳥居の辺りには、立看板に「下乗」とあります。
先生から私に、何の意味だか解るかね。と、質問があり、此処からはどんな身分であっても「馬から降りろ、駕籠からおりろ。」です。と言うと、そのとおりとありました。
この沢渡神明宮は、大町にある国宝の仁科神明宮と、お伊勢様をルーツとした兄弟関係にあるそうです。
覆屋の拝殿の中にある本殿は、神明、諏訪、八幡の3つの社殿があり、2体のかけ仏、県下一古いとされる絵馬があります。
拝殿までの急な上り坂の両脇には、そうそうたる杉の大木があったのですが、戦後故あって伐採されてしまったそうです。
拝殿横にあった杉の古木跡は、直径4.85mもあり、現在のご神木とくらべても相当の巨木であった事が、うかがい知り得ます。
ここから同じ三日市場の真相寺跡に移動しました。
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ここは、書物に書かれてはいましたが、散歩しながらでは発見することができなかったところで、私にとっては新発見でした。石仏にお会いできて感慨ふかいものがありました。
このお寺は、沢渡の貞麟寺の隠居寺だったそうで、昭和40年ころから無住で、現在は建物が無いそうです。
秩父34番観音が独立してあることと、お坊さんの塚など38基があります。
今回は、ここから堀の内まで移動して時間切れとなりました。
神城地震で甚大な被害にあった三日市場地籍と堀の内地籍がほぼ復興されていて、安堵感が湧いてきました。
予定していた行程の三分の二程度の消化でしたが、最後に田中先生発案のなかよし体操をして、現地講座を終わりました。
次回は、9月ごろになるようです。

posted by みのさん at 15:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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